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400回目の誕生日  作者: 黒い折り紙
5/5

402回目の誕生日・前編

59,60・・・と数えきった。しかし身体に違和感がある。まばゆい光によって自然と目が細くなる。その狭くなった視界が捉えたのは、部屋にあるデジタル時計が示す8:26だ。


おはよう、俺。おめでとう、俺。晴れやかな402回目の誕生日だ。カーテンから差し込む穏やかな光を見て感じる。


「また今日も晴れ時々曇りか。」


この一日の中で変化するのは自分の行動によってある程度影響が及ぶ部分、そしてこの日が終わりを迎える時に現れるスーツの男。その程度しか無い。天気など操れるはずも無く、いつも晴れ時々曇り。これがまた精神をえぐってくる。世の人は雨が嫌いだのと言うかも知れない。しかし俺がこれ以上望むモノは余り無いと言える。朝のニュースで気象予報士が天気図を指さして面白おかしい話をしているようだ。それによると日本の上に大きな雨雲は無く、小さな雲がチラホラ見える程度だという。これでは、日本中を旅しても雨に巡り会えないだろう。となれば雨に巡り会う方法は非常に限られる。その中の1つである「登山」はとうの昔に終えている。あの苦労をして雨に会えるというのは、如何せん割に合わないと思う。最近は冷たいシャワーを浴びることで雨を疑似体験しているのだ。


過去の体験を思い出して真っ先に思い出されるのは、自分が犯した罪についてだ。おぞましい記憶・忘れたい記憶ほど根が深く忘れられないという事は大いにあるらしい。それを身をもって実感しているのだ。何もせずとも、自ら命を投げ捨てても、罪を犯しても、やってくるのは次のループ。次の誕生日だ。当然、気も狂う。変わらない日常、終わらない毎日、刺激が欲しかった。


取り調べに答えている気分だ。悪いことをした自覚があるからこそ、こんな気になるのか。ということはまだ良心の呵責があると言うことだから、完全に狂いきっては居ない。こんな自問自答を繰り返している内に、血に濡れたナイフを握っている自分がいた。


何をとち狂ったか、駅ナカの人が集まるモニュメントが犯行現場だ。凶悪犯が動機を述べるときに「誰でも良かった」と言っていることに対し、強烈な嫌悪感を感じていた俺が同じような動機をもって犯行に及ぶとは、想像もしなかった。


ここで言っておかなければならないのは、ただの「欲」だけで殺人を犯したのは最初の1回だけということだ。ふざけたことを言っているのは分かる。しかし、それが真実だ。欲、というのは単純。このループ生活から逃れられる可能性を探りたいと言うこと。だから誰でも良かった。ただ罪を犯せば何か変わるかも知れない。それだけだった。まぁ、何も変わらなかったのだが。結局駆けつけた警備員やら警察やらに取り押さえられ、拘束・逮捕、それからはあれよあれよと牢屋の中だ。何をしても変わらない、終わらない。深い罪悪感と共に深い絶望が押し寄せてきた。


しかし、そこで気付いた。実は、この牢屋の中という状況は限りなく安全なのではないか。ある意味、守られた環境なのではないか、と。結果として犯罪者の汚名を被ることになっても、このループ地獄から抜け出せるならば何でも良い。そんな確信めいた覚悟が牢屋の中で決まる。ちょうどこのタイミングで、「あのスーツの男」が来てくれれば、どういう結果になるのか。むしろ楽しみの方が増えていた。息巻いて時間が過ぎるのを待っていた。時間を確かめる方法が無いためどれくらい終わりが近いのかは分からない。しかし終わりは来るはずだ。そう思い待っていると、凄まじい頭痛に襲われた。今まで経験したことの無い、頭をもみしだかれたような不快感と、すりつぶされるような痛み。もはや耐えられるものでは無い。うなり声と激しい呼吸を聞きつけた人間が様子を見に来たが、人を殺した人間にくれる情けなど無い。そして助けを呼ぶことも出来ず、意識を失った。もしかするとこれで死んでしまったのかも知れない。ただ確かなのは、様子を見に来た男の腕時計が見せてくれた時間が、23:04を差していたと言うことだけだ。


そんな苦しんでいる瞬間に、檻の向こうにいる人間の腕時計を読めるなんて、自分でも信じられない。しかし、俺には分かった。しっかりと記憶の中にインプットされて、それを何度も思い出しているからだ。やはり間違いない。あの時計はいつもの終わりを示していた。その確信を持って、今日も罪を犯す。


ようは今日の23:04の時点に牢屋の中にいて、23:05を迎えれば良いのだ。そう考えると凶悪な犯罪を犯すことが全てでは無い。今日はどの犯罪にしようか。今まで犯してきた罪を数え、どれが一番良いかを何となく考える。その時、テレビから誕生月ごとのラッキーナンバーが「3」と告げられる。まぁ、いつも3なのだが、こういうものは運に任せるのが1番だと感じ、自分が犯してきた犯罪の多さランキングの上から3番目を選ぶことにする。今日は「傷害」だ。


こうして過去の記憶を掘り返して改めて思う。人間は多くのことを経験するが、記憶に残すのは一部だけ。そしてそれらも新たな一部によって居場所を無くす。しかし、このループ生活に入ってからというもの、全ての記憶が鮮明に残っている。妄想や空想では無く本当に記憶が全て残ってしまっている。なぜこんなに記憶が鮮明なのか。


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