名詮自性
この学校に赴任して1週間が経とうとしていた。
クラスの生徒たちの顔と名前はもう一致している。みんないい子達で35人全員で揃ってこの学校を卒業させてあげたい。
その為にはこの現象を私が止めなくてはならない。
この学校に来てから、いや、図書室で卒業アルバムを調べたあの日から私は誰かからの視線を感じる様になった。
職員室に居る時も、教室に居る時も学校に居る間は常に視線を感じている。視界の端の方に何かがうつり、その方向を振り向くと誰も居ない。ただの気のせいであればいいのだが・・・。
あれからこの現象について調査を続けている。始まりの年が1996年であったという事が分かった為、その年の3年1組について調べる必要がでてきた。
私は町の図書館へ行き当時の新聞を読み漁った。この学校の事件は簡単に見つかった。
全国紙でも大々的に掲載されていたからだ。
中学3年生の自殺。名前や写真まで載っていた。
向井拓哉
それがこの事件の被害者だった。
新聞は連日この事件の特集をしていた。
おそらくテレビでも毎日報道されていたのだろう。
被害者がどのようなイジメにあっていたか、家族構成、そして母親が泣きながら献花する姿の写真。
当時の被害者の人権は今より軽視されていたのかもしれない。
そしてこの記事で驚いたのがこれほどまでにイジメであると報道されていながら、学校側がイジメの事実を認めなかった事だ。
そして更に驚いた事がある、このクラスの生徒が後に3人亡くなっている事だった。
その内2人は校舎の屋上より飛び降り、もう1人は電車への飛び込みだった。
ただ奇妙であったのはこの3人の死に関しては詳しく書かれていなかった。
マスコミからしてみたら絶好のネタであるにも関わらずだ。
記事を見て思い出したが確かに私が中学生の時、昔自殺があったと聞いた事があったがこんな大々的に新聞に載っているとは思わなかった。
私は図書館を後にした。
当時3年1組の担任をしていたのは現在の教頭先生である蒲生 修先生だ。
蒲生先生は厳格な先生で私の苦手とするタイプだ。
聞くタイミングを計っているが突然24年前のクラスの事を聞くのはあまりに不自然だ。
そんな事を考えていた時に歓迎会の話がでてきた。
今週の週末に私ともう1人この学校に赴任していた三上先生の歓迎会を開催してくれるのだという。
私にとっては好機であった。職場の飲み会など本来行きたくも無いが酒の席であれば教頭にも自然に聞けるタイミングがあるかもしれない。




