金の亡者
その夜、男の元に赤ん坊が生まれた。けれども間もなくして死んでしまった。親族は皆悲しんでいるのだが、男だけは悲しまなかった。そんな男に世間は冷たかった。いや、男にとって世間はいつだって厳しかった。
男の家は裕福であった。生まれた時から父親に可愛がられ苦労知らずに育ってきた。高校一年生の時は成績が悪く進級が危うい時は父親の権力にすがるような奴だった。そんな男にも特技があった。人を騙す才能とギャンブルであった。スロットを回せば負けたことなどない。父親に教わったイカサマ技術だけでなく、奴には運も味方していた。
奴の父親はカジノや競馬、パチンコといったもので稼いだいわばギャンブラーだった。そこから不動産会社をたちあげ巷では悪徳会社として名前を挙げていた。
ある時男の家が倒産した。不動産会社に泥棒が入ったのだ。事件はすぐに解決したが、これまでの不正取引の証拠だけでなく、父親が男の為に揉み消していた数々の悪事までも発覚した。父親は二年間刑務所に、母親は男を連れ逃げるように田舎に隠れた。親戚の古着を着、学校に行く。貧乏な暮らしが始まった。中途半端な時期の転校生、ニュースでの報道。学校では虐められ、道を歩けば大人たちからひそひそと噂される。我慢ならなかった。
男は怒り、昔のように悪事を働いた。テストの解答を盗み、教師を殴って停学処分となった。清々しい気持ちとなった奴は、街の不良達とつるみ、連日のように悪さを繰り返した。盗みを働いたり、店の壁に悪さをしたりした。不良達は似たような格好をし、仲間も多かったため奴がやったと特定出来るものはなかなか現れなかった。だからすっかり油断してしまった。いつもの様に店で万引きをしようとした。ポケットに携帯食を入れていると、店員がこちらに向かってくる。冷や汗がではじめる。店員との距離を確認する。まだ逃げられる十分な距離がある。入口も空いている。今だ、と思い走り始める。店のドアが開く。もうすぐ逃げれると思った矢先、目の前に大柄な男が現れた。警官であった。留置所を出るのに二日かかった。この間に高校から退学届けが送られていた。
男は怒り狂っていた。どうしてこんな目に遭わなければならないのだ。父を恨んだ。母を恨んだ。昔のように苦労せずに暮らしたい。何としてでも手っ取り早く金を稼ぎたかった。留置所を出た後、むしゃくしゃした気持ちのままパチンコ屋へ向かった。が、金がない。男はすぐ近くの自動販売機の前にやってくるとはいつくばって腕を自販機の中にぐいぐいと突っ込んだ。再びパチンコ屋の前にやってきた。その手には五百円玉が握られていた。ジャラジャラジャラ。男はスロットが大得意であった。ワンコインであったのを2倍にも3倍にも替えていく。本当に才能があった。そうやって稼ぎまくった。男は1日三十二万稼ぎ、半年間をパチンコだけで稼ぎ、合計五千七百六十万稼いだ。
この半年間家にはほとんど帰っていなかった。ホテルを探したり、時にはホームレスと夜を共にすることもあった。できる限り金を無駄にしない、それが奴のルールだった。
次に男は闇カジノに行った。父方の家系が闇カジノを経営していたからだ。1度だけ祖父に会ったことがあった。その時に優しくカジノを教えて貰った。カジノも才能があった。パチンコ、カジノと十分すぎる程金を稼いだが、足りなかった。執拗なまでの金への執着が男の感覚を狂わせた。
やがて父親と同じように不動産会社を設立した。父親と違っていたのは、更に奴の方が非道であったことだ。株も始めより稼ぎを増やした。証拠が出ないようにしながら闇カジノへの出入りも続けた。より金が欲しくなった男は妻をめとった。妻は奴の地域では裕福な土地の者であった。おまけに気立てもよく顔立ちも絶世の美女という訳では無いが、綺麗な方であった。親族を丸め込み結婚した。世間の目も少しは優しくなるだろうと思った。
しかし世間の目は厳しいままで子供も死んでしまった今、よし男にとって生きにくいものとなってしまった。
妻は子供を失い病んでしまった。結婚することが決まっても好きになれずに苦しんでいたが、自分の腹に子ができたことには喜びを感じていた。しかし愛する我が子を失った妻の心には虚無感と奴への憎悪が残った。衰弱した妻を見た奴は、保険金が下りるかもしれないと内心喜んだ。今か今かと待っていたが、なかなか願い通りに事が進まず、いらいらした奴は妻に暴言を吐きまくった。孤独を抱いたまま彼女は死んでしまった。
奴の元には多額の保険金が下りた。株の金、会社の金、妻の保険金と、懐もだいぶ暖かったのだが、満足することが出来なかった。次に大麻の密売人に目をつけた。密売人と仲良くし、金を手に入れようと考えたのだ。
密売人と対面した時であった。いきなりみすぼらしい姿をした男が現れた。ボソボソと話しかけてきた。
「自分は破壊神だ、お前のような下劣な男はこの世の中から消えてしまえ」
男は笑い飛ばした。
「このご時世に破壊神なるものが存在するのか」
男は更に続けた。
「俺のように働き者の男をなぜ破壊する」
「これまで異常なまでの金への執着や悪事も生まれや育ちのために目を瞑ってきたが、お前の妻への態度に流石に我慢が出来なかった。」
ボソボソと男の悪事を話す破壊心に怒りが湧いた。
「証拠を見せろ!」
破壊神は男に掌を向ける。ぼうっと光り出す。男の額には冷や汗が浮かんだ。破壊神の掌から放たれた光に咄嗟に目を瞑ると、隣からぎゃあと悲鳴が聞こえてきた。密売人が消されたのだ。見せしめに消したと言った。
「こうなりたくなければ今すぐ心を入れ替えろ。さすれば助けてやろう。」
男はすぐに返事をし、丁寧な振る舞いをした。
「お前のことはいつ何時も見ているからな」
言い終わるか終わらないかのうちに破壊神は消えた。
男は自宅に帰るとすぐさま連絡を入れ、金を養護施設に寄付した。そして養護施設支援団体に加入し、真面目に働くようになった。あれ以降毎日不思議な手紙が届く。
「毎日見ているぞ」
男は今でも怯えながら暮らしているそうだ。