第二章:発覚、そして
学校は既に自由登校。就職活動や受験等のためなら、登校しなくてもいい期間になっている。出席日数を稼ぐなら、一番いい機会とも言える。全ての授業は無く、午前中だけいれば帰宅してもいい事になっている。今までは午前中を学校で過ごして、午後からバイトに行くなり尚と遊ぶなりしていたけど・・・。今はもう、尚とは別れたところだ。バイトに行くしか、やる事は無い。やっぱり、まだ引き摺ってるんだな・・・。
「おはようございま〜す。」
考えているうちに、バイト先に着いていた。名前は鳥達の止り木。マスター曰く『本当なら、オーナーの意向に沿ってフランス語になってたんだけどね。それだと、意味分からなくなるでしょ?だから、日本語。皆が心を休められる場所になれば、って思ってね。』
オーナーは、この店の本来の持ち主で、マスターの兄弟らしい。経営との両立が出来る程に要領はよくないから、店自体の運営を任されたなんて言ってたな・・・。いつもは会社員をしているから、帰宅後にしか会う事は無いらしい。
「あ、純平君だ。マスター、純平君来ましたよ〜。時間も丁度良いんで、私は上がりますね。」
店に入った途端、そんな事を言われる。言ってきたのは、同じバイト仲間の杉沢琴美。この店には、他にバイトはいない。俺と同学年だが、杉沢さんは公立高校の生徒のはずで、自由登校なんてあるはずが無いけど・・・。なんでいるんだ?
「おはよう、純平君。いいよ、琴美ちゃんは上がっちゃって。お昼から学校、行くんでしょ?さ、純平君も着替えてきてよ。」
どうやら、学校は今日が二次募集の試験らしい。本来なら入試では部活は禁止されるが、入学希望者達に公開する目的もあって、校舎内以外が活動場所であれば、特別に許可が下りているようだ。三年は既に引退しているらしいが、後輩の指導があるようだ。
「うん、そういう事。色々と教えてもらえるから、バイトしてる方がいいんだけどね。元部長から、三年も全員集合って脅されてるんだ。それじゃ、失礼しま〜す。」
まさに、元気印の一言・・・。お昼のラッシュが終わって、疲れているだろうに。制服姿で、元気に飛び出していった。
「あれ、何かへこんでるね。悩みでもあるの?」
「ち、違います。杉沢さん、元気だな〜って。少し羨ましくなっただけ。じゃ、着替えてきますね。」
どうやら、思わず顔に出ていたらしい。常連なだけあり、尚と俺の関係はこの店の全員に知られている。もちろん、常連連中だけにだが・・・。あの事が知られたら、色々と面倒な事になりそうだ。特に、あの危険人物には・・・。
「洗い物、今のうちにやっておきますね。ランチ後だから、窯の方もやっておきます?」
着替えを済ませ、仕事に入る。何かやる事があれば、何も考えずにいられる。忙しい時なら尚更、仕事に集中できるというものだ。
「うん、よろしく。俺は今のうちにケーキスポンジの準備、やっておくから。あ、ボウルだけ、優先的に用意しておいてもらえる?」
忙しくなければ、俺は調理を手伝う事が無い。それに、スイーツになると俺の出番は無いからな・・・。基本的に俺は、パスタやピザ程度しか作らない。甘い物は嫌いではないが、積極的に食べようと思わないから、上達の具合はあまり良くなかった。その点、杉沢さんは流石だった。スイーツの作り方はもちろんの事、時々は新作のアイディアまで用意してくる。だから彼女がいる時は、俺は基本的にウェイターとして過ごす事になる。
「ハ〜イ、また来たよ〜。って、何だか男臭〜い。今日、ことみんはオフなの?」
「来たな、不良芸能人。仕方ないだろう、琴美ちゃんはこれから学校らしいんだから。それよりほら、さっさと座って。注文、いつものコーヒーでいい?」
出た、要注意人物その一・・・。俺が弱みを握られたくない人物、トップ3の一人だ。かなり売れている芸能人のはずなのに、隠れる事もせずに堂々とやってくる。芸名はミナ、本名が豊田奈美だから、殆どそのままだ。暇な時間帯はまだしも、それなりに混んでいる時にも名指しで俺を呼ぶから、客から睨まれるから居心地が悪い。それを知っていてやるから、余計にたちが悪い・・・。
「純平、ちょっとこっち。」
そう考えていた矢先、本人から声がかかった。まるで、悪魔か閻魔からの呼び声・・・。しかし、逆らったら後が怖い。大人しく、客席へと向かっていった。
「何ですか、奈美さん。俺、ちょっと忙しいんですけど・・・。」
そう言った直後、かなり嫌な顔をして睨まれる。俺はかなり正直に、言っただけなんだけどな・・・。
「何ですかじゃない!小耳に挟んだんだけど、別れたって?」
「別れたって、誰とです?」
軽くとぼけてみる。こう切り出してくるって事は、それなりの確信があるという事だ。約三年、店でしか会う事のない関係だが、それなりに行動パターンは読めるようになってきた・・・。
「だから、尚っちと。あ、とぼけても無駄だからね。歩くスクープ本が、かなり信頼できる情報だって私に話してきたんだから。」
奴か・・・。もう一週間経つから、バレててもおかしくないとは思ったけど、真っ先にこの人に話すとは・・・。今度会ったら、少し文句を言うべきだろうな。
「はい、別れましたよ。綺麗さっぱり、もう清々しいくらいに。」
嘘だ。自分で言っておいて、心が痛んだ。
「はあ、このアホは・・・。強がらなくてもいいじゃん。あんたが尚っちをすごく好きだったのは、この店の常連なら皆知ってる。その経緯までは知らないし、聞かないけど・・・。男と女が三年も付き合ってたんだもん、別れる時が後腐れなくなんて、出来るわけないって。」
やっぱり、気付かれたか・・・。この一週間、尚は一度もこの店に来ていない。俺と会わないようにしているのは、誰が見ても明らかだろう。それで気付くなという方が、無理というものだ。
「はい、お待たせ。なんだ、尚ちゃんと別れたんだ。来た時に暗い顔してたのは、それと関係ある?」
マスターがコーヒーを運びつつ、ただ明るく聞いてきた。その問いに対して、軽く頷く事で肯定する。なんだか、居心地が悪かった・・・。