第一章:回想 後編
初めてその店に入ったのは、高校に入学した直後だった。尚に連れられて、学校帰りに立ち寄ったんだよな・・・。付き合い始めて、一週間くらいの時だったか。
「お、いらっしゃい。今日は学校、半日なんだ?ほら、そっちの君も、突っ立ってないで。自由に座ってくれて、いいからさ。」
尚に続いて、カウンター前の席に座る。テレビで見たような、ピザを焼くような窯が目に留まる。聞いた話では、スイーツだけでなく料理も美味しいって事だった。職員会議だかで半日だったから、ちょうど昼時。メニューはイタリアンが多く、パスタとピザが並んでいた。
「このお店ね、パスタが美味しいんだ。ピザも好きなんだけど、お昼だとちょっと重いしね。マスター、注文お願い。」
結局俺は尚のお薦め通り、パスタを注文した。俺はカルボナーラで、彼女はペスカトーレ。ちらっと見た限りでは、市販の乾麺ではなく、手打ちのような生麺だった。注文の品を待っている間にも客は大勢入ってきて、店はほぼ満席。客席数は大体三十はあるから、一人で捌くのは大変だろう。
「バイトも雇いたいとは思うんだけど、ここって俺の趣味みたいな店だからさ。給料はあんまり出せないし、なかなかね。働きたいって言ってくる子は時々いるけど、時給が安いと、やっぱりいいですってね。元気がある人って、どこかにいないかな〜。」
何度も通っていると、やはりその事が気になっていた。何となく聞いてみると、そんな言葉が返ってきた。当時の俺は一人暮らしを始めたばかりで、まだバイトも決まっていなかった。だから、自分でも思わず口にしていた。
「俺、ちょうどバイト探してたんだ。他に良い場所も無いし、この店好きだし。学校帰りとか休日だけになっちゃうけど、雇ってくれない?」
俺が通っている高校、藤沢学園はバイトは自由。私立だからというのも大きいけど、社会勉強だという事で、経営側が了承しているらしい。この店で社会勉強が出来るとは正直、思っていない。こんな事、口が裂けても言えないけど・・・。
「う〜ん、前にも言ったけどさ。ここ、俺の趣味の店だから、時給はよくないよ?それに、理由が小遣い稼ぎとかなら、正直好ましくない。そういう人って、大抵仕事が雑になるし、ある程度続けると顔にも出てくるからね。もしそういう目的なら・・・。」
「確かに、そういうのは少なからずあるよ。でも働くなら、自分が好きな店がいいでしょ?だったら、ここ以外に無いと俺は思う。試用期間って事でもいいからさ、手伝わせてよ。」
マスターの言葉を遮り、思っている事を言ってみた。俺はこの店が好きだし、尚が忙しくても一人でよくここに来ていた。習い事があるとかで、週に何回かは真っ直ぐ帰っていたからな・・・。バイトを始めれば会う機会は減るけど、それが必要な事だというのは、彼女も分かってくれている。それに、学校帰りに時々立ち寄るって言っていたから、その時には会えるしな・・・。
「そういう事なら、仕方ないか。純平君なら元気もいいし、全く知らないってわけでもないからね。じゃあ今度の土曜日、朝十時に来てもらえる?制服、用意しておくからさ。」
渋る事もなく、意外なほどにあっさりと承諾された。断られたらどうしよう、とも考えたけど、決まってよかったな・・・。俺が働き始めてすぐにもう一人、別のバイトが入った。久里浜高校の女子で、学年は同じ。お菓子作りが好きで、将来はパティシエになりたいと話していたっけ・・・。
最初は接客で戸惑う事もあったが、だんだんと慣れていった。マスターからの話もあり、時々は調理に入る事もあったけど、とにかく楽しかった。この店と出会えて良かった、そう心から思える毎日だった・・・。