第一章:回想 前編
電車に揺られ、幾つかの駅を通過する。榛木電鉄、それがこの路線の名前。ローカル線だが、それなりに利用者は多いようで、二十分に一本は電車が通る。始発の鶴喜、南鶴喜、本井、古和、戸来、久里浜、午来、藤島と続いている。最後に終点であり、他の路線との接続駅で降駒という駅の構成だ。俺のアパートは本井という場所にあり、駅までは徒歩五分。結構良い場所ではあるが、アパートが築三十年と古く、格安の家賃で住む事が出来ていた。因みに保住の家は戸来にあり、怜は普段、そこから電車に乗る。
「藤島〜、藤島〜。お降りの方は、お忘れ物の無いようご注意ください。」
俺が通う高校は、この藤島にある。繁華街はあるが、ただそれだけ。他に遊ぶ場所は無く、遊ぶ場所を探すなら、久里浜か降駒へ行くのが定石だ。通勤するサラリーマンを押しのけ、改札へ向かう。妹はそれがなかなか出来ず、乗り過ごしそうになる事がよくあるらしい。
「お兄ちゃん、待ってよ〜。」
待っている理由も無い為、サクサクと学校へ向けて歩き出す。怜は走ってきたのか、息を切らしていた。う〜ん、待っててやるべきだったか・・・?
「はあ、はあ・・・。一人で先に行っちゃうんだもん、酷いよ〜。」
「うるさい。もう二年なんだから、あの程度の人混みを捌けなくてどうする。ラッシュに巻き込まれて遅刻しました〜なんて、通るわけないだろうが・・・。」
正論ではあるが、妹にとっては暴論だったらしい。顔を膨らませて、鞄で殴られた。革製品のため、殴られると結構痛い・・・。既に授業が無い俺達に比べれば、教科書も入ってるしな・・・。
「全く、もう・・・。それよりさ、今日も半日で学校終わりなんでしょ?バイトは入ってるの?」
何が目当てなのか、いつも俺のシフトを聞きだそうとしてくる。多分、俺がいる時に来ようとしているんだろうが・・・。カフェ等ならまだしも、俺がバイトしているのはレストラン、しかも厨房だ。個人経営だからお客さんと話せる時もあるが、基本的には厨房に引き篭もっている。来ても無駄だと、いつも言っているけどな・・・。
「ああ、今日は入ってる。てか、来るなって言われても行くけどな。レストランって言っても、喫茶店に近いような感じだし。人手があった方が、何かと便利だろうしな。」
そう、あのレストランはちょっと変わっている。厨房はカウンターを兼ねているし、時にはウエイターやウエイトレスが、調理に入る事もある。見る人が見れば、不衛生だと思うかもしれないが、人気だけはある。店長が元々フレンチのシェフで、お菓子作りも勉強していたらしい。
「高級な店よりさ、俺にはこっちの方が性に合ってるんだよ。お客さんの反応がさ、間近で見られるでしょ?それって、作ってる人間にとっては、些細でも嬉しい事なんだよ。」
面接に行った時、店長はそう言った。最初はよく分からなかったけれど、働き始めてからはその事がよく分かった。美味しかった、また来る。その何気ない一言が、心に残る。店が混むとそんな余裕は無くなるが、食べている時の笑顔が嬉しいから、辞めようと考えた事は無い。本当に、変な店だよな・・・。
「分かった。それじゃ、学校終わって時間があったら、友達も連れて行くね。」
客商売だから、あまり喜ばしくはないが・・・。まあ、店長も俺達の友達が来ていると嬉しいって言うから、良しとするか。そんな事を考えながら、学校までの道を怜と並んで歩いていく。冬ももうすぐ終わり、春になる。寒さも和らいできた、そんな二月の朝だった・・・。
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