月読尊
「ま、誰が来ようが構わないんだが。何の用だ?」
「『何の用も何も貴様の正体を知りに来ただけに過ぎん。答えよ!貴様は何者だ!』」
怒鳴られる。一応防音用の空間を広げてはいるが外で会話するのは割と近所付き合いで問題がありそうだ。
「とりあえず中に入れ、話はそれからだ」
「『だから誰にものを言って──』」
「話は、それからだ」
死の気配を纏い目の前の優子in月読尊を睨む。神の例に漏れず高圧的だな、どの神にも言えるんだが特別扱いされすぎたせいなんだろう。
「『ぐっ……仕方ない、仕方がないから従ってやる』」
「あーはいはい、そんなことどうでもいいからさっさとはいれ」
「『……屈辱だ』」
粗雑に扱うと文句タラタラになった。リビングに案内する間ブツブツと文句を言っている。というか優子は大丈夫なんだろうか、仮にも日本神話の主神三柱の一柱、月読尊を憑依させるのはキツイだろうが……寝てる間に勝手に乗っ取られたのであらばその負担は全て月読尊にいきそうだな。何かあったとしてもこちらが対応すれば問題は無さそうだ。
リビングに案内し、椅子に座らせる。するとやはりこちらのことを険しい表情で見てくる。
「ん、で。なんの話しだったか」
「『貴様が何者か、それを聞いているんだ』」
「何者か、ねぇ……死神としか答えられないが」
「『どこの神話の死神だ!貴様のことは日本神話はもちろんギリシャも、インドも、北欧、中国、メソポタミア、ケルト、マヤ、そしてアステカ神話ですら見た事ないわ!貴様、本当に何者だ!まさかのクトゥルフなどと言うなよ!』」
「そのどれにも当てはまらないって、元々この世界産の神じゃねぇよ」
まくし立てるように言うがこの世界で神になったわけじゃないからどの神話にも当てはまらないだろう。ていうか異世界には神話なんかなかったしな、神がかなり干渉するんだから神の歴史みたいなのはあったが。
「『この世界……?貴様異界の神か、過干渉禁止の条約はどうした』」
「元々俺はこの世界で生まれたからな、異世界に行ってから神となった。割とグレーゾーンな存在だが判定的にセーフだ」
「『それがどうした、生まれなど関係ない。異界の神と言うだけで条約は違反しているようなものだろう。とっとと異界に帰るか、ここで滅ぶか。選べ』」
「選べ……?お前がなぜそんな権限を持ってると?笑わせるな、天照を連れてこい。話にならん」
「『必要ない、貴様は選択を無視したからな。ここで滅ぼす』」
げぇ……神話にあった通り保食神を簡単に殺すだけあるわ。他の神を滅ぼそうなどとこいつ物騒すぎねぇか?
「『ここでやるには拙いからな、場所を変えてやる〝月神の麦畑〟』」
静かな、それでいて力強い声が響いた瞬間。周りの景色が、夜の麦畑へと変わった。ここは月読尊の管理する天上の畑なのだろう、神聖な空気がプンプンしやがる。
「農耕神としての場所か、そんな場所を戦闘に使っていいのか?」
「『問題ない、ここにある麦は地上のと違い専用の神器を使わねば採れぬ』」
「へぇ、そりゃいいこと聞いたが……俺の鎌でも切れそうだな」
「『随分と余裕だな』」
黒い剣を持ちその切っ先を向けてくる月読尊。
「いやまぁ……須佐之男とか武甕槌命とか戦闘系が出てきたらさすがに真面目にならないといけないけど、お前月神で農耕神だもんなぁ……戦闘系じゃないし」
「『貴様は、我を舐めているのか!?』」
「ぶっちゃけそう。聞くけどさ……戦闘系、それも管理神クラスの俺とよく戦ろうと思うよな」
いつもの戦闘服であるローブに大鎌を持ち、肉体を解放する。死神は本来体を持たない魂の存在、魂の体で戦う戦闘神である。
俺の全身から溢れる死の気配に周りにあった麦は全て、枯れた。
「『ぐっ……!』」
「死神コウマ、いざ参らん」
「『……月読尊、我が名で命じる。滅びよ』」
「お断りだ」
大鎌と剣が、交差する。
凄まじい程の金属音が平穏であった麦畑を包む。一太刀触れ合うだけで周囲の麦は切れ、滅び、そして生えてくる。
滅ぶのは死神のせいで、麦が新たに生えてくるのは月読尊のせいであろう。だが滅びの速度に追いつかないようで、徐々にだが減って言っている。神々の争いとは一種の陣取りゲームと言えるだろう。
「『ぜぇあ!』」
「うーん、やりにくい」
やりにくい、それはどういうことか。考えればわかる事だが今月読尊は優子という、人間の女に憑依してるに過ぎないのである。死神にとっては娘の友人であり、傷1つつけるのもはばかられる。
「なるほどね、だから優子の体で来たのか。いやらしいな」
「『ふん!この体を傷つけれれるか?嫁入り前の体に傷をつけたくないので──』」
「なら魂を狙えばいいだけの話、馬鹿かお前」
魂を管理する死神には容易いこと。容易に優子のに憑依しているであろう月読尊の魂を切った。
「『うぐぅぉ! 小、癪なぁ!』」
「保食神を殺した剣っぽいから警戒してたんだけど、必要なかったか。ただの銅剣、それも硬いだけとは……」
「『〝月詠〟』」
天に浮かぶ月が割れる、その割れ目から月読尊に光が注がれる。
「『手加減は、無しじゃ』」
「RPGとかで言うバフか?」
死神と剣を交えていた月読尊が一瞬で消えた。いや、消えたのではなく死神の視界から認知出来ない速度で孤を描き、死神の死角へと入っていた。
「ぬぉっ!?」
「『反応速度は良い様じゃの、まだまだ行くぞ』」
更に、加速する。既にその速度は音速などという生ぬるい速度ではなく、空気を切り裂き、真空の空間を死神の周りに作り出すほどの速度であった。
死神は大鎌を上手く振るい、周りから降り注ぐ剣閃を防いでいた。
「こりゃ、舐めてたな。腐っても主神の一柱か」
ついに──
「真面目にやるか」
真剣になった死神が動く。