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35話 断ち切れないも

「セッカ……大丈夫か?」


医務室から連れ出し、俺はセッカを自室まで連れて行く。


セッカの手は未だに震えており、一言も発することなく瞳はただただ虚空を見つめている。


「……」


となりに座る。


何ができるわけでもないし、紅茶でも飲むか? なんてとてもじゃないが声をかけられる気配もない。


だからただそっと、となりにいる……それが正解だとなんとなく思ったからだ。


部屋に立てかけられた柱時計の音が、コチコチと静かに響く。


揺れ動く振り子は、時間を忘れさせてくれるようで。


しばらく俺はその振り子を眺めていると。


「……なぁ、ルーシー」


ふと、セッカはぽつりと俺の名前を呼んだ。


「どうした?」


「……少し、昔語りに付き合ってくれんかの」


「いいぞ」


セッカの願いを、俺は承諾する。


「……記憶すら拙い思い出じゃ。 少し昔、東の大陸のその先にヒノモトと呼ばれる国があった。 伝説の魔物が封じられたその国は、貧しくも平和な場所でなぁ。 大陸の戦争にも無縁で、春になれば桜が色づき、夏には海の青さが輝き、秋には紅葉が、全てが眠る冬でさえも真っ白な雪景色に輝く……そんな静かで綺麗な場所じゃった。 その中を走り回ってそだった我は……うん、きっと幸せ者だったのじゃろうな」


セッカはその景色を……ずっと反芻してきたのだろう。

忘れないように、忘れたくないと願うように、セッカはそう言葉を漏らし。

セッカは首元に巻いていた首飾りを胸元から取り出す。


「……それは?」


「お父様がくれた翡翠の首飾りじゃ……どうじゃ? 下手くそじゃろ」


「え? あぁうん……たしかに。組紐の太さも所々違うし、なんか石も変なところに穴が空いてる気はする」


「ははっ……それな、我の5つの誕生日の時に、お父様が作ってくれた首飾りなんじゃよ」


「え、あ、ごめん」


「謝る必要はない。実際すごい下手くそだしな……我の五つの誕生日に、山一つ買えるだろう翡翠を使って誕生祝いを作ると聞かなくてなぁ。 不器用なくせに一生懸命これを作って、まぁ、お母様には叱られてしょんぼりしておったが……だがなぁ。 手作りの世界にひとつだけの首飾りは、今でも我の一番の宝物なのだよ」


「そっか」


昔を懐かしむように首飾りを握るセッカ。

その言葉や柔らかい表情から、父親が好きだったことがうかがい知れる。


「……だから、だからな。 とても信じられぬのだよ。 お父様が、あの優しかったお父様が国を滅ぼしたなど」


「はやぶさが嘘を言っている可能性だってある。 あまり思い詰めない方がいいんじゃないか?」


「あぁ、それはわかっておるよルーシー。だけどな……我は少しだけ考えてしまったのだ。

もし、あやつの言っていることが本当なら……そう考えて、思ってしまったのだ」


「……どうおもったんだ?」


セッカは苦しむように表情を歪ませる。


「良かった、だ……。国を滅ぼし、お母様を殺した張本人なのに。我は真っ先に、生きていて良かったと思ってしまった。 使命を果たし……国を滅ぼしたものに罪を償わせる。そう誓い生き残った民を率いてギルド雪月花を作り上げた。 だというのに……一瞬だけでも、我は使命よりもお父様を優先したのだ」


「……父親なんだろ? それは普通のことなんじゃ」


「いいやダメだ、ダメなんだよルーシー。これは裏切りだ、死んでいった民に対する、我を信じてついてきてくれた我が民たちへの裏切りじゃ。 肉親であろうが許されることではない、過去に優しかろうと関係はない、守るべき民を殺した、たとえどのような理由があれど許すわけにはいかぬ……斬らねばならぬ……斬らねばならぬのだ……だというのに」


ポロポロとセッカの頬に雫が伝う。


「セッカ……」


「……なのに……綺麗な思い出が……どうしても消えてくれぬのだ」


「……」


「ルーシー……」


「なんだ?」


「フェリアスの言う通りだ……我は姫などではない。覚悟も使命も何もかもが中途半端な……ろくでなしだよ」


「そんなことない……あんたは、あんたはこうしてみんなを導いてるじゃないか」



「……っそなたは本当に、優しいな。我には本当、もったいない名刀よ」


俺の言葉に、セッカは悲しそうな表情を向ける。


「セッカ?」


「すまぬ……話を聞いてくれと頼んでおいてなんだが……少し一人にしてくれないか」


涙をぬぐいながら、セッカは俺にそう命令をする。

断る理由もなく、俺は無言で頷いて立ち上がる。


「何かあったらすぐ呼べよ……飛んでくるからな」


「あぁ、すまぬ」


「俺こそごめん……もっと、もっと何か言えたはずなのに」


「十分だよルーシー、ありがとう。少し覚悟をきめる時間をくれ」


「うん。無茶はするなよ、セッカ」


最期の言葉にセッカは返事をすることはなく、俺はセッカの部屋を出た。


廊下は静かで……セッカの部屋からは扉一枚を挟んですすり泣くような音が聞こえてくる。


人狼族の耳の良さが憎らしい。


俺は一つため息をついて、その場でセッカが声をかけてくるのを待とうと、その場に腰をかける。


と。


「あれ?」


ふと足元に、フリフリのついたカチューシャのようなものが落ちているのに気がつく。


「これって……」


ふと窓の外を見る。


気がつけば外は土砂降りの大雨。


視界を遮るように絶え間なく落ち続ける大粒の雫。


そんな大雨の中、ひとりの少女が傘もささずにギルドを出て外へと走り去っていくのが見える。


その手には巨大な大剣を持った、メイド服姿の少女。


「フェリアス?」


何をしているのか?


そう問いかけようと窓を開けるが……雨は包み込むようにフェリアスの姿をあっという間に消してしまう。


嫌な予感がした。




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