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30話 ハヤブサvsルーシー

「今、貴様何といった?」


空気が凍る。


酒場の浮かれた声は、ここでの喧騒を悟ることなく呑気な音を響かせ五月蝿いぐらい。


しかしながらセッカのその冷たい声は、その騒ぎの中でもしかと届く。


「……ふっふふ、君の国を滅ぼした人間の名前を教えてあげるって言ったんよ、セッカはん。悲劇の亡国ヒノモト。 月城セッカ……残された民幾ばくかを率いてこの国でギルドなんて開いてるゆーのはきいとったけど。 いやはやまさか本当だったとはねぇ」


「貴様……いったいなにものだ?」


「僕? うーん、僕はただの剣客よ? ただ、セッカはんの本当の敵いうんを知ってるだけのね?」


「貴様……まさか……」


ぎりっと拳を握りしめ、瞳を血走らせるセッカ。


「あらら? 僕またやらかしてもうたか? いやぁ、出来るだけ波風立たないように努力してるつもりなんやけどなぁ……ふふっ、何か気に触るようなこと言いましたでしょか?」


飄々とした様子でそう語るハヤブサ。


そんな見ようによっては挑発をしているようなようすに、セッカはこみ上げるものを抑えるように一度大きく息をつくと。


「よかろう……その申し出、いぃや、その挑発に乗ってやろう。 ハヤブサ……だが覚悟しろ? 我の前でそれを賭けるということは。五体満足の保証はできかねるぞ」


嫌な予感がした。


それは、ハヤブサからではなく、セッカから。


今までの、小悪魔のようなセッカでも、からかわれている時のセッカでもない。


深い深い……セッカの心の奥底に眠る泥のようなものが。

その時始めて溢れ落ちたように俺は感じた。


「怖いなぁ、セッカはんは。 そないな顔してるとせっかくの可愛い顔が台無しでっせ?」


「黙れ……我の生い立ちを知りながら貴様からそれを賭けたのだ。偽りは許されぬと思え?」


「えぇえぇ、僕は人を騙すのも好きですが。 賭け事いうんにはフェアでいこうって決めていますさかい……仮に嘘偽り出会ったら、五臓六腑道端にぶちまけて野ざらしにされても文句は言いまへん」


……なんか想像しただけで気持ち悪くなってきた。


「あいわかった。 なればその条件を受け入れよう……ルーシー」


ぞわりと、セッカの言葉に背筋が凍る。


セッカの言葉は呪いのようで、ハヤブサの言葉は毒のよう。


この戦いを受け入れるべきではないと本能は語るが。

その理由を見つけることができない。


だからこそ仕方なく俺は、剣に手を触れた。


それが合図となる。



「……おぉきに」


ニタリと笑みをこぼしたハヤブサは、しまったはずの刃を俺の首に放とうとする。


逆手に持たれた刃……だが俺はその柄を、手で押さえて止めた。


「‼︎?」


「剣の持ち方がとか言ってたけど、そもそもこんな近距離じゃ、ここ押さえられただけで終わりだろ」


「ははっ、不意ついたつもりなんやけど。 まさか止められるとはなぁ」



「不意はつかれたさ。だけど、見てから止めるには十分な速度だった。それだけだ」

「吠えたな……犬め」


ピキリ……とハヤブサの額に青筋が浮かび。

同時に頭が動く。


「‼︎」


飛んできたのは刃ではなく頭。


刀を止められたハヤブサは驚くことに、頭突きを俺に放ってきたのだ。


鈍い音が頭に響き、俺は一瞬視界が揺らぐ。


剣での斬り合いであれば、相手の動きはよくわかるが。

正直、人狼族の村にいた時もそうだったように、拳や喧嘩の類の動きは全く読み取れない。


「……いっつ」


おまけに、肉体面においては普通の冒険者よりも劣っているため、その頭突きに俺は思わず相手の刀の柄から手を離してしまったのだ。


「はっはぁ、ど素人が‼︎ ナメくさったこと後悔するんやな‼︎」


そう叫びながら、ハヤブサは俺へと今度は右ストレートを放つ。


その一撃は、見るからに重そうで……人狼族も顔負けの速度と重さが見て取れる。


「まず……」


とっさに腕で拳を防ごうとするが。


「あまいわぁ‼︎」


ガードの上から、叩き込まれた拳。


体が浮き上がり、浮遊感の後に感じるのは、なにかが割れる音と、人々の叫び声。


消えかけた意識を手繰り寄せて状況を確認すると、どうやら俺は殴られて外まで吹き飛ばされてしまったらしい。


「いっ……つつつ……なんちゅう馬鹿力だよ」


呆れたように俺はゴチて、立ち上がろうと地面に手をつくが。


「‼︎?」


拳を防いだ左腕は、ありえない方向に曲がり、ぐしゃりと地面に倒れこむ。


先の一撃でどうやら腕が折れたらしい。


剣で切り落とされたわけじゃないのは幸運だが。


しかしながらこれはまずいことになった。


「脆い脆い……脆いなぁあんた」


破壊された壁から、剣を構えて表へとやってくるハヤブサ。


「まぁな。 剣の腕以外は人並み以下だし。でもやっぱ剣術って面白いな……斬り合いで殴られるなんて想像すら及ばなかったよ」


「兵は詭道なり……戦いに物の善悪などあらへん。 勝つか負けるか、斬るか斬られるか、殺すか殺されるかや。常在戦場……気ぃぬいたやつ、想像力が足らへんやつが悪いんや」


「なるほど。 想像力か。勉強になる」


剣は自由であるべき……たしかに読んだ本でも書いてあった。


「どうや? まだやるか? 腕折れてもうたら斬り合いもなにもないやろ? 大人しゅう狐尾差し出せば、ここで終わりにしますよ?」


「ははは……面白いこと言うなあんた。 まだ折れたのは左手だけだぞ? まだ右手が残ってるし、両手が折れたら口がある」


「あんさんも、大概いかれてんなぁ」


「まぁ、もともと奴隷みたいなもんだからな。それに人狼族っていうのはもともとそういう戦い方をするものだ」


「イラつくなぁあんた。 僕の抜刀を止めたから多少できるかとおもたけど……あんたの方こそ棒振り遊びやないか。 そりゃ僕ら剣客に対する侮辱やで?」


剣を構え、同時に額の青筋を一つ増やすハヤブサ。


「おいおい……あんたが言ったんだろ? 剣は自由であるべきだって。だったら、片腕の剣士もいりゃ、口で戦うやつもいるさ」


「はっ、それをあんたが見せてくれるっちゅーんか?」


「あぁもちろん。 一つ学ばせてくれた礼だ……今思いついたとっておきの技を見せてやるよ」


好敵手……初めて武器を持ってたたかった相手に負わされた負傷。

そんな存在に俺は感謝を込めてそういうが。


「てめぇ……あんま舐め腐ってるとほんまバラして晒すぞコラ?」


何かやってしまったらしく。

ハヤブサは青筋をさらに一つ増やしてそう怒鳴った。


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