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襲われたギルド雪月花

「き、斬られたって……一体なんで‼︎?」


最初に言葉をあげたのはフェリアスだった。

他国と比べても比較的平和なこの街でギルドの襲撃など、彼女にとっても晴天の霹靂と言ったところなのだろう。


「それが……その」


「理由は分かりません。 本当に昼時……皆が出払っている時だったので詳しいことは。それに、犯行は本当に一瞬だったようで……」


だが、フェリアスの問い詰めるような言葉とは裏腹に、ギルドの人間達は困ったように言葉を詰まらせていく。


「ああぁもう‼︎ はっきりしないわねあんたたち‼︎ 状況が分からないってんなら被害はどうなのよ‼︎? ガルルガはどうなったのよ‼︎」


「え、えと……それが、依頼主は絶命……全身を切り刻まれて、気づいた時にはもう」


「即死って……ゲンゴロウがいてなんで……いや、どんな化け物よそいつ‼︎」


フェリアスはありえない、と言う表情で息を飲み、ギルドの人間を押しのけギルドの中へと足を踏み入れる。


「なっ‼︎?」


ギルドの中は、文字通り切り刻まれていた。


部屋の中はまるで台風が通過した後かのように荒れ果てており、壁や床、椅子や机には、くっきりと刀傷のようなものが見て取れる。


しかも、これだけの大破壊を成しておきながら……ギルドの人間たちはこれを一瞬の犯行であったと証言している点が、この自体の異常性を知らしめている。


「……なんて乱暴な剣だ。 何でもかんでも切り刻もうって意思が感じられる……あぁ、しかもこれは相当な技量だ」


柱に触れて俺はそう呟く。


無数の傷跡……。


その全てが切ったものを両断しないように抑えられて切られている。


柱や、階段、立てかけられた置物に、モップの一本に至るまで。


その全てが、両断されないように、ちょうど半分刃を通したところで斬撃が止まっている。


それが何を意味するのかは分からない。


だがその技量は少なくともゲンゴロウをはるかに凌ぐことは間違いなかった。


「……ゲンゴロウはどこにおる」


ふと、セッカは絞り出すようにそう呟く。


「い、いまはギルドの地下、救護室の部屋で……その……」


「‼︎っ……」


濁すようなギルドの人間の言葉に、セッカは弾けるようにギルドの地下へと駆けていく。


「セッカ様‼︎ 今行かれては‼︎」


「お、おい‼︎? セッカ‼︎」


慌てるセッカに、俺は声をかけるが当然のことながら返事はない。


「私たちもいくわよ‼︎」


「わかってるよ‼︎」


フェリアスの言葉に俺はそう相槌を打つと。

セッカの後を追いかけた。



「ゲンゴロウ‼︎‼︎」


ギルド雪月花の地下室は、流石に災難を逃れたようで。

俺たちは地下室まで降りると救護室と書かれた扉を勢いよく開く。


切り刻まれ絶命をしたというガルルガ……正直感想らしいものは浮かんでこないが。

ガルルガが死亡したということは、一緒にいたゲンゴロウも無事では済まなかったことだろう。


果たして今のセッカがその現実を受け入れられるのか?

俺とフェリアスは顔を見合わせて、いざという時のための準備をする。


だが。


「むふっ、むふふ……やっぱ、エルフの尻は最高……高い金出して買った甲斐があったわ……って、ん?」


そこには、ベッドの上でエロ本を読みながら鼻の下を伸ばしているおっさんの姿があった。


「……うわっ」


フェリアスがゲスを見るような目で半歩後ろへと下がり、一瞬目を点にしていたゲンゴロウは、状況をようやく理解したのかダラダラと冷や汗を垂らしてエロ本を枕の下に隠すが、セッカは無言でその枕をひっぺがし、エロ本を取り上げる。


「何をしておるゲンゴロウ……」


「ひひっ‼︎? 姫様‼︎ 違います‼︎ これは違うのですぞ‼︎ この月刊ケツあ〜るは、健全な全年齢対象お色気写真集であって‼︎ ただお尻のアップが多い写真集なだけであって‼︎ 決してエロ本などでは……」


「弁明するところそこかあぁ‼︎ エロオヤジがあぁ‼︎」


ゴウッという音が響き、同時にセッカの手に掴まれたエロ本をが灰になる。


「ぎゃあああああぁ‼︎? わ、私の月刊ケツあ〜る最新号おおぉぉ‼︎?」


本当に襲撃をされたのか……と疑いたくなるような悲鳴が、ギルド内に響きわたるのであった。



「で? なんでギルドめちゃくちゃに襲撃されてるにも関わらず、貴様はエロ本を読んでおったのだゲンゴロウ?」


「いやはや、それは説明をすると長くなるのですが」


「構わぬ。百歩譲って襲撃をされた後にエロ本をよむのはいい。いや、よくないが。 だが、依頼主を目の前で殺された後にする行動ではなかろう」


「たしかに、ただ依頼主を殺されたというのならばそうしていたでしょう。 ですが、事情が異なるのですよ……上の惨劇を見たかと思いますが」


「ひどい荒らされていたよね」


「えぇ、切り刻んだのは他の人間ですが、ギルドの中を荒らしたのは実はガルルガなのです」


「ガルルガが?」


「えぇ、姫さまたちが出ていかれてから数時間後ぐらいですか。 お茶を出して宿泊先等の手配をしていたところ、ガルルガのやつ、なんだか急におかしくなって暴れ始めましてな。かと思ったら途端に泥のようにドロドロと溶け始めてもうホラーもなんのって。 切っても切れないし逃げるわけにも参りませんゆえお相手つかまつっていたのですが」


「……なるほどな、あれだけの呪い、いかにして一人逃れたのかと疑問であったが、なんのことはない。 ガルルガの存在すらも魔獣塊の罠だったというわけか……哀れよな」


セッカはそう哀れむような表情を浮かべる。

「よく無事だったわねぇゲンゴロウ。あれ、殺しても殺しきれないし相当厄介な代物だったでしょ?」


「えぇ、本当に。あの時ばかりは本気で死を覚悟しましたよ。ですが、小一時間堪え忍んでいたところに、ひとりの男が現れましてな」


「男?」


「えぇ、口笛を吹きながらやってきて、キザな野郎でした。危ないから下がってろって言ったのですが……。 言うこと聞くどころか無言であっさりとガルルガの奴を斬り殺したんです」


俺はその言葉に耳を疑う。

末端とはいえ、ガルルガの変貌は魔獣塊と【大神】の呪いによる変貌だろう。

俺ですらも剣で斬り殺すことができなかったそれを、その男は一体どうやって斬り殺したというのだろう。


「あの泥の塊を? どうやって?」


「さぁ、私には風が吹いたようにしか感じませんでしたがね、ですが見てみるとギルドの中はボロボロになっているし、大変でございました……跡形もなく消し去ったって言葉が一番似合うんですかな」


ぽりぽりと頭を掻きながらゲンゴロウは思い出すようにそう語る。


「それで、その男はどこに?」


「さぁ、間違えた……とか、なんとか呟いてどっかに言ってしまいましたわ。追いかけようとも思ったのですが、この通り気が抜けたらぎっくり腰をやってしまいましてな、こうして安静にしているわけです」


「ぎっくり腰って……年よな、ゲンゴロウ」


「申し訳ございません姫様」


しょぼんとした表情でうなだれるゲンゴロウ。

口では呆れたような素振りを見せているが、セッカの表情には安堵の色が浮かんでいる。


「でも、ご主人様でも倒せないような化け物を剣で殺すなんて……いったいどこの誰だっていうのかしら?」


疑問符を浮かべて首をかしげるフェリアス。

その言葉に、ゲンゴロウはなにかを思い出したかのように、あっ、という声を漏らし。


「そういえば、去り際にその男、名乗って行きましたな。 確か……そう、ハヤブサと」



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