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10話 狼さん新しい服をもらう。 ついでに抱きつかれる。

呆れたように、羊皮紙を束ねて指を鳴らすセッカ。

すると、一枚を残して羊皮紙に書かれたステータスは消えていく。


「でも、なんで俺なんかに剣聖のスキルが? 別に剣術の勉強をした覚えもないし、死にたくないから拾った剣を振り回してただけなんだけど」


「逆じゃよ、剣聖というものは先天的に与えられるものじゃ。 生まれながらにしてそのスキルを得たものは、剣聖になる運命さだめを押し付けられる。 体は剣を振るうに適したものに自動的に変わるし、反面本来遺伝するはずのものや素養も、不要と判断されれば失われてしまう」


その言葉に俺は、ステータスの羊皮紙を見直す。

人狼変化のとなりに大きく書かれた【エラー】という文字。

まさか……。


「ちょっと待て、もしかして俺がうまく人狼に変化ができないのって」


「まぁ、人狼族の変化なんて早々エラーが出るものではないからの……十中八九剣聖のスキルのせいだろうなぁ。 だって爪があったら剣握れないし……まぁ予想じゃが」


「なんだよそれ……」


俺はがっくりと肩を落とす。

つまりはこの剣聖なんてスキルさえなければ、俺はなりそこないなんて呼ばれて苦労をする必要はなかったという事なのか……なんて傍迷惑な能力なんだこいつは。


「まぁそう落ち込むな、剣聖のスキルに選ばれてしまったなら逃れようはない。 運が悪かった、いや良かったと諦めるべきよ」


「そうはいってもなぁ、失われた十六年は戻ってこないんだぞ?」


「くふふ、獣人の寿命は二百年……これからいくらでも詰め込めように」


「本当か?」


胡散臭いな、と思いながら俺は訝しんでそう確認をするが、セッカは胸を張って太陽のような笑顔を見せる。


「本当だ。 我が約束をする。其方の人生はこの先華やぎ、誰からも祝福される人生であることをな……十六年ひどい扱いを受けてきたのなら、三十二年分は報われなければ嘘であろう?」


「なんか欲張りすぎなような……」


「欲張ってこその人生じゃよ。 其方は散々奪われてきた、ならば今度は其方が救われる番よ……そうじゃなきゃ、我が嫌じゃ」


「セッカ、それってどういう……」


「なんてな! ほれ」


その表情は、どこか憂いを帯びるようで。俺はその表情の意味を問いかけようとしたが、それよりも早くセッカはいつもの表情に戻り、俺になにかを投げつけてくる。


「これは?」


「其方の服、ボロボロだったからな。 新しいものを新調させてもらった。 採寸とかはしてない故、後ほど作り直すが、取り敢えずだ」


「いつの間に……」


渡された服は、セッカと同じ東洋風の服。セッカとは対照的に黒地に、赤い月とススキの刺繍が施されたその服は、俺にとっては初めてのまともな服であり。

袖を通すと、まるで優しく包み込まれるように服が体を撫でる。


「着心地はどうだ……って聞くまでもないみたいだの」


「す、すごいぞセッカ……なんだこれ、イノシシの皮と違ってチクチクしないし、あったかいしスベスベだ‼︎ これ、結構高いんじゃないか? こんなもの本当に着てもいいのか?」


「大した金額でもないわそんなもの。いやまぁ多少は高いが……其方は今日からSランク冒険者であり我の護衛であるのだ。 それを踏まえれば安いぐらいよ」


「これで安いのか……本当にあんたについてきて良かったよセッカ」


「言っとくけど、そこそこ高いんじゃからなこの服。 その分働いてもらうんじゃからな? 恋人に当てたプレゼントみたいな無償のものじゃないんだからの? そこのところは理解しておろうな?」


念を押すようにビシッと指を指すセッカに俺はもちろんと頷く。


「わかってるよ。 約束通り、俺は全力でお前を守ればいいんだろ? どこまで出来るかは分からないけれど、これだけ良くしてもらったんだ。 全力で恩返ししないと」


「だからまだ何も感謝されるようなことはしてないんじゃが……いや、それは我のこれからの行動次第か。 まぁよい……ほれ、帯を締めてやるから立て、ルーシー」


「紐結ぶくらい出来るぞ?」


「阿呆、そんな適当じゃだらしがないであろう。 こういう服っていうものには、着方っていうものがあるの」


「へぇ……面倒だな」


「そうじゃ、だがその面倒を捨てるか重んじるかで獣と人の違いが現れる。其方はもうなりそこないなどでは無く、人なのだから。 ちょっと抱きつくぞ」


「ん? あぁ」


抱きつくような姿勢で帯を通してくれるセッカ。


イチジクのような甘い優しい香りが俺の鼻をくすぐり、ふわふわとした耳と胸が服越しに伝わる。

柔らかいな。


「うむ、これでよし」


満足げにセッカはそういうと俺から離れる。


ぴっちりと綺麗にまかれた帯に、装飾品のように出来上がった結び目。


「……綺麗だ」


「の? 面倒なことして、よかったじゃろ?」


「面倒なことも、大事なんだな」


にこりと笑うセッカ。


なりそこないと蔑まれることには慣れてしまっていて、言われてももうなにも感情が浮かばなくなっていたが。


もう俺はなりそこないじゃない。その言葉に喜んでいる自分に、やっぱりその言葉に少なからず傷ついていたんだと、俺はセッカの言葉でようやく気がついた。


出会って1日。

だけどこれだけ短い間でも、セッカは色々なものを俺に教えてくれる。


「うむうむ、其方は素直でいいの。 それじゃあ帯を解くぞ、結び方を教えてやるから、よーく覚えるのじゃぞ? まずはな……」


そう言いながらセッカは俺の帯をほどいて結び方の説明しようとするが。


「大丈夫だセッカ。 もう覚えたから」


俺は自分で帯を掴むと、そのままセッカのやったように帯を結んで見せる。

もちろん結び目も完全再現し、その様子をセッカはぽかんと口を開けたまま見つめている。


「え? うそ。 結構帯結ぶの初心者だと難しいのに?」


「俺に仕事を教えてくれる危篤な奴なんていなかったからな……狩りも仕事も、周りがやってるのを見て覚えるしか無かった。 だから見て覚えるのは得意だ」


「はぁ……よくもまぁこれほどの人材をあそこまで冷遇できたものよな。 同盟の話、考え直した方がいいやもしれぬな……」


「同盟?」


「あぁいや、なんでもない。 そうだ、着心地はどうだ? 動きにくいとかあるか?」


「多少はあるが、戦うには問題はなさそうだ」


体を動かして着物の感覚を確かめる。

少し肩や腕がきつい気がするが……それでも獣の毛皮とは比べものにならないほど動きやすい。


「デザインとかはどうじゃ?」


「どうって?」


「なんかあろう? かっこいいとか、強そうとか」


「? よく分からないが、格好いいんじゃないか? 赤い月は人狼族にとっても縁起のいいものだし。俺は気に入ったぞ」


「そうか‼︎ そうかそうかそうかそうか‼︎」


「そうかが多くないかセッカ?」


「むふふ、いやいや気にするなルーシー。気に入ってもらえたなら何よりじゃ、うむうむ」


「急に上機嫌になったな……」


満足げに尻尾を振るセッカはおそらく今日一番にご機嫌であり、俺は首をかしげる。


「気にしなくてよいよい。 じゃあデザインはそのままで、後ほどちゃんと採寸してきちんと其方にあったものを作るゆえな、ひとまずはそれで辛抱せよ」


「あぁ、ありがとう……」


感謝の言葉を告げると。「うむ」と頷いてセッカは満足げに笑う。


「さて、そしたら次は仕事内容について案内をしようかと思うのじゃが……」


まじまじと俺の体を見るセッカ。

なんだか恥ずかしい。


「な、なんだよセッカ、ジロジロ見て」


「いや、仕事の話は湯浴みをしながらだな。抱きついた時に思ったが、其方ちょっと臭うし」


「なっ‼︎?」


セッカの言葉に、俺はここ最近で一番傷ついた。



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