1話 爪も牙もない狼は、奴隷でしかない
人には必ず得手不得手というものが存在する。
得意なものが環境に合致をしていれば天才なんて呼ばれるし。
得意なものが環境に不必要であれば、無能なんて呼ばれたりもする。
結局環境によって天才か無能かなんてのはいくらでも変わるのだ。
例え多くの人間がよだれを垂らして欲しがるようなスキルであったとしても、生きている場所によっては無能扱いされたりする場合もある。
人狼族である俺がまさにそれだった。
人狼族といえば強靭な肉体と牙と爪で敵を八つ裂きにする、そんな種族。
武器に頼るのは弱者の証であり、武器を取り戦う同族を【なりそこない】なんて呼んで迫害したりもする。
そのせいで野蛮人なんて俗称がつけられていたりもするのだがそれは置いておくとして、
ともかく、そんな人狼族の村の中で俺は運悪く牙と爪を持たない人狼として生を受けた。
村で暮らしていた時は分からなかったが、その理由は俺が生まれると同時に保有していた【剣聖】というスキルのせいなのだという。
このスキルは、戦の神にもっとも愛された人間に送られる【恩寵】であり、このスキルを保有して生まれた人間の体は、剣を振るうにもっとも適した肉体に成長をするのだとか。
剣を握るのに爪や牙は邪魔だとでも判断されたのだろうか?
それとも何か特別な理由でもあるのか?
分からないがとにかく俺は、子供の頃から変化をしても爪と牙は生えず、犬のような耳と尻尾が生えるだけ。
初めは人間の仮装みたいだとバカにされ、体が大きくなると今度は【なりそこない】と呼ばれ、奴隷のように扱われた。
たとえその村でどれだけ働こうが、耐えようが、強さを示そうが……牙と爪を持たない俺を、村のみんなは最後まで仲間とは認めてくれなかった。
だけど今こうして剣聖なんて呼ばれて、みんなに囲まれて幸せに生きていられるのは、環境を変えたから。
だからまず、そんな環境を変えてくれた彼女との出会いから話そうと思う。
◇
「ルーシー‼︎ いつまで寝てるんだぁ? なりそこないの分際で‼︎」
家の中にいるというのに鼓膜にビリビリと響く大声に、ただでさえ浅い眠りは考えられる中でも最悪な形で終了させられる。
吹けば飛びそうなほどボロボロな藁づくりの家はそれだけでも崩れてしまいそうで、俺は
重い体を引きずるように立ち上がり、外に出た。
家の前に立っていたのは族長の息子ガルドラと、人狼の村の若い戦士達。
皆が皆なぜか殺気立っており、戦装束を身にまとって立っている。
次期族長候補の一人であるガルドラがわざわざなりそこないの俺の家を訪ねてくるなんて。滅多にないことであり、俺は何かあったのだろうかと首をかしげる。
「どうしたんだガルドラ……」
「どうしたじゃない‼︎ ルーシー貴様、外れの森に魔物が出たって話、聞いてないわけじゃないだろ?」
「それは知ってるけど、族長は危険だから立ち去るのを待つべきだって言ってたじゃないか?」
森の外れに先週から住み着いている魔物……既に魔物に襲われた被害者は三人に上り、族長は森への立ち入りを禁じている。
だから俺もこうして森に近づくことはせず家で空腹に一人耐えていたのだが。
「くそっ……これだから臆病者のなりそこないは。いいかよく聞けルーシー? このまま森に立ち入れなくなれば、いずれ誰かが飢えて死ぬことになる。ならば次期族長のこの俺自らが、脅威を排除するのは当然の使命だ‼︎ わかったならさっさと支度をしろ‼︎ 貴様のようなやつでも盾がわりにはなるだろうからな」
なるほどね、と俺は一人頷く。
族長の息子として次期族長候補として名を連ねているガルドラではあるが、若いことと気が短い嫌いがあることから、ほかの候補に比べ実力が疑問視されている。
次期族長を決める集会は来月の紅月祭で行われる選挙により決まる。
ここで村の脅威を取り除き、リーダーシップを示そうという魂胆なのだろう。
そして俺を誘ったのは、なりそこないにもチャンスを与えるリーダーとしての懐を見せつけるため、と言ったところか。
まぁ、なりそこないの俺には投票をする資格、ないんだけれどね。
「何してやがる、早く来やがれ‼︎ あぁもちろん、追放処分にして欲しければ話は別だぞ? 同族にすら捨てられた人もどきを受け入れてくれる場所なんてあるとは思えないけどな」
ニヤニヤと悪辣な笑みをうかべるガルドラ。 人の人生を転がして楽しんでいるようなその表情には少し腹がたつ。
族長の命令を破ってまで彼の手伝いなどしたくはないが……追放と言われてしまえば働くしかない。ガルドラにはその権限があるし、だれも止めてはくれないだろう。
「はぁ……仕方ない」
諦めに近いため息をもらして、俺は錆びついた銅のロングソードを手にとってガルドラ達の後についていく。
今の環境が良いものとはとても思えないが……それでもこの村を追い出されたら、俺はもうどこにも行く先がない……その言葉は本当だと思えたからだ。
◇
森の入り口は異様なほど静かで、戦士の1人が緊張で息を飲む音が周りに聞こえるほど。
普段、森の中は動物達の声や生き物の匂いで溢れかえっているのだが……その日は香りはおろか、物音一つ聞こえてこない。
まるで音すらも魔物に食われてしまったかのようだ。
「よし、ここからはお前1人だ」
「は?」
不意にガルドラからそう言われ、俺はつい声を漏らす。
「は? じゃねえよ。 狭い森の中じゃ俺たちの機動力は活かせない。お前が森の中に入って魔物をおびき寄せ、出てきたところを俺たちが叩く」
「いや、それって危険なんじゃ……」
「当たり前だろうルーシー? 貴様のような人モドキが、撒き餌として使ってもらえるだけありがたく思え」
無茶苦茶な……という言葉を飲み込む。
そんな不平をもらしたところで決定は覆らないだろうし。
思えば村にミノタウロスが来た時も、ドラゴンが来た時も同じように囮にさせられた。
今更何を言っても待遇の改善は見込めない。
諦めに近い心境で俺はロングソードを抜き、森へと1人足を踏み入れた。
◇
森の中に進めば進むほど、生き物の気配は薄れていく。
恐ろしいのは自分の気配すらも食われてしまっているのではないかと思うその感覚。
一歩一歩進むほど、その足は重く、春も半ばだというのに寒気すら感じるほど。
試しに息を吐いてみると、白い吐息が溢れて森に溶けていく。
「……相当ヤバい奴がいるみたいだなぁ」
剣が折れなきゃ良いけど……なんて思いながら森の中を闇雲に歩いていると。
「にょわああああああああ‼︎?」
森の奥から、なにやら珍妙な悲鳴が響き渡った。