33 怪物包囲網
お待たせいたしました。
筋肉団子の怪物を地平線の彼方まで吹き飛ばした悠人は、その隙に開いた包囲網を駆け抜けた。
しかし、怪物の群れは二重三重。
互いが互いを喰らおうと、そこかしこで戦闘が起きて轟音が響き渡る。
そのあまりの乱雑さと、怪物の密度と数は、さながら蟻の群れか東京の通勤時間の様だ。
これほど多くいる怪物どもだが、その全てが能力値は”漆黒の母蛇”に匹敵、もしくは凌駕しているのが現実であった。
数メートルもないすぐ横で、トカゲカマキリの怪物が身体を喰いちぎられて倒れる。
そして、それをやった人型の肉食魚のようなものがその死体をさらに噛り付く。
すると地面から轟音と共に、先ほどと同じビルの様な巨大ワームが現れ、死体と魚人を丸呑みにした。
そしてそのまま、巨大ワームは隣を走る悠人にその極大の口腔を向けた。
悠人はそれを見て、ワームの下から無数の石の雨を撃ち上げる。
発動された<暴星雨>は、地下から這い出したワームの上半身を、仰け反るように打撃する。
悠人はその隙を逃さない。
その手の平から光が迸ったかと思うと、出力を上げて現れた光の奔流がワームの胴体に直撃し、大爆発を引き起こして怪物の肉体は爆散することになった。
降り注ぐ血肉を浴びる間もなくその場を走り抜ける。
次に目の前にいた、取っ組み合っている二体の巨大怪物。
それも<暴星雨>で彼方へと吹き飛ばす。
次に物陰から、六本腕の猿の様な怪物が十匹以上飛び出してきた。
<暴星雨>はまだクールタイムが終了していない。
<戦きの人閃光>は超至近距離で小さい相手では避けられてしまう。
悠人は、慣れない徒手空拳で迎撃せざるを得ない。
悠人は六腕猿で拳を突き出した。
しかしそれは避けられ、六腕猿は悠人の腕に牙を突き立てる。
だがその牙は悠人の皮膚を貫通することは無かった。
<巌の身体>や<氣闘術>で悠人の体が守られているからだ。
しかし、六腕猿に噛みつかれた腕からは、腕が軋む様な痛みと感覚が襲ってきた。
何故かというと、<巌の身体>は怪物の表皮の部位から取得した情報体で構成されている為、斬撃や刺突の肉体表層に対する攻撃や、打撃などの瞬間的な圧力には強い防御力を発揮するが、肉体深部に強い影響力を与える圧力攻撃には弱くなり。
<氣闘術>も防御能力を底上げするだけで、絶対的な防御力は与えないからだ。
そうして動きを止めた悠人に、残りの六腕猿が襲い掛かる。
悠人の体が怪物に覆われて見えなくなった。
しかし次の瞬間、六腕猿たちは全て四方八方に吹き飛ばされた。
<暴星雨>のクールタイムが終わり、全方位に石弾をまき散らしたのだ。
その隙に、悠人は痛みをこらえながら走りだした。
やつら、体は小さいのに能力値は”漆黒の母蛇”並みとかばかげている。
最初のゴブリンもどきがやつらの内一体と相対すれば、恐らくコンマ一秒もないうちにゴブリンもどきは肉片になって散らばるに違いない。
走る悠人の前に、またしても巨大な影が見えた。
東京ドームの様に巨大な蟻だった。
見上げるように大きすぎる蟻は、身体の裏が割れるように無数の太い触手が蠢いていた。
小さな顔を覆うように大きな一つの複眼、熟れた柘榴のような赫に染まったそれが、向かってくる悠人を映し出す。
あれを抜けられれば、この包囲網は突破できる。
他の場所から抜けようとすれば、今でも続々と集まってきている無数の怪物と戦わなければならないだろう。
何も倒す必要はない。
抜けられればいいのだから。
悠人は覚悟の決めて、巨大蟻の足元を疾走した。
そして先制とばかりに、巨大な光と熱の奔流、<戦きの人閃光>を奴の腹に叩きこむ。
巨大蟻ほどではないにしろ、ビルの様な大きさのワームすら爆散させたビーム。
しかしそれは、その巨体に傷をつけることはできなかった。
いや、ビームを当てた場所をよく見てみると、僅かに焦げ跡があるように見える。
だがそれでは全く痛痒にはならないだろう。
特級戦力の登場。
周りの環境が変わるたびに現れるバケモノ。
今度はこいつがそうなのかと、悠人は歯を噛み締めた。
しかし、今はそれはどうでもいい。
こんなやつ、戦わなくていいのならば戦わない方がいいのだ。
今は逃げることだけに集中しろ。
柱の様な触手が、身をくねらせて悠人に殺到する。
悠人はそれを、<暴星雨>で迎撃した。
直線に動くことを強制された石の弾丸の雨が、降り注ぐ触手を全て撃ち上げた。
すると、巨大蟻の節足から、緑色の液体が悠人に向かって噴射される。
蟻酸か!? と悠人は避けようと視線を巡らせるが、全方位から迫る緑色の液体を避けることはできそうにない。
悠人は断腸の思いで、体を丸め防御系の技を全て全力で発動させた。
悠人の全身がずぶ濡れになる。
しかし、何かが起こる様子はなかった。
なぜだ。絶対に何かの攻撃だと思ったのだが……。
悠人が訝しんだ、次の瞬間。
喉元に何かがせりあがってきて、思わずそれを吐き出した。
それは、大量の血液だった。
べちゃりと叩きつけられた粘性の高い赤黒い液体は、緑色の液体に触れると煙を上げて溶けだしていく。
悠人は途端に胸の辺りが熱くなる感覚を覚えて、それは強烈な痛みへと発展していく。
「ぐうぁぁ……ッ!!」
痛みにうずくまる視線の先には、蟻の液体が揮発してできた緑色の煙が周囲を漂っているのが目に見えた。
気体化した酸が、口から体内に入ったのか。
体の外への防御は行っていたが、体内は意識の外だったのが裏目に出た。
悠人は、体内を防御するような技を持っていなかった。
だが、このままここにいるわけにはいかない。
悠人は痛みで目の前に火花を散らしながら、どうにか走り出す。
先ほどと同じ幾つもの触手が悠人に向かって降り注ぐ。
激痛で朦朧とした意識で、それを<暴星雨>で迎え撃った。
しかし、万全でない状況で放った技は触手を全て撃ち返すことが出来ず、一本の触手が悠人の体を打ちつけた。
余りに巨大すぎる触手と地面に挟まれ、悠人の体が悲鳴を上げる。
倒れ伏した悠人は、どうにか体を起こそうとするが、何本も骨が折れてしまい上手く立ち上がれない。
全身に巡る痛みは、もはや体全体が地獄の炎で炙られているよな熱で気が狂いそうだった。
そして再度降る触手。
それに、奥歯が折れる程歯を噛み締める悠人。
しかし悠人は不意に目を見開く。
そして膨大な触手を<暴星雨>で迎撃した。
だがやはりすべてを振り払うことはできない。
触手の内の一本が、悠人の体を打ちつけた。
体が軋む様な衝撃にしかし、悠人の顔は確かに笑みを浮かべていた。
触手に叩かれた悠人の体は、凄まじい勢いで空中に吹き飛ぶ。
そして、その勢いのままに巨大蟻の足元を離れ、怪物の包囲網のはるか遠くに飛ばされたのである。
悠人は無数の触手のうち、自分を安全な場所に飛ばしてくれるものを見抜いて、それを迎撃しなかった。
遠くへ飛ばされた悠人に、巨大蟻は興味を失ったようで、こちらに顔を向けることはしない。
そして悠人の体は、地面へ勢いよく打ち付けられた。
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