幕間 羊皮紙を利用した霊力仮説の走書き(オダナリ・レディベリー著)
お待たせいたしました。
私の名はオダナリ・レディベリー。
国際エネルギー研究所において霊力研究の全権を担っている霊力研究部長に就いている。
これは、しばらく前に研究所へ持ちこまれた「魔道具:羊皮紙」(以下これを羊皮紙と呼ぶ)とそれを利用して行った実験に対する考察と仮説の走り書きである。
まず、考察を書くまえに、ここで言う羊皮紙というものがどういった魔道具であるかを記述する必要があるだろう。
それを下記に記述する。
1.外見と性質について
羊皮紙はその名の通り、羊皮紙の見た目をしている。
見た目は何の変哲も無い羊皮紙だ。
本当変哲のないことに寒気を覚えるほどである。
通常、魔道具には魔法陣や構造式、もしくは魔物の素材のようにハード自体に魔力か気力の経路が刻まれているものだ。
しかし、この羊皮紙にはそういったものが一切存在しない。
それはつまり、この魔道具が現在の人類の魔法科学技術では再現不可能なものである証明だ。
また、そこに宿っているものが魔力や気力ではなく、霊力であることがその異質性を引き上げている。
霊力は本来、生命の根本にして核である魂が存在する生命体にしか宿らない。
もし生命体が死亡した場合、それに宿る霊力はその瞬間霧散し消滅することはすでに証明されており、それを留める手段は今現在存在しないはずである。
もちろん生命体などでは無い羊皮紙に霊力が宿っているのは前代未聞であり、そのような魔道具は少なくとも私が知る限りでは存在しないはずであった。
私としても、これはいずれ解明していきたいところである。
※またこれは追記となるが、羊皮紙の隅の方に『捨てないでね♥』という文字が刻まれており、その文字がいかなる方法で染色されているのか現在もまだ解明できていない。
魔粒子顕微鏡にて拡大して観察したところ、なんと原子自体に染色をされていることが分かったのである。
現在の技術では不可能な技術である。
また、この羊皮紙の所持者である”芭風やよい”に聞いてみたところ、彼女が書いたわけでは無く、元々記入されてあった文字のようだ。
この文字の染色法とその内容から、この羊皮紙が自然に生まれたものではなく、何らかの存在が作り上げたものであることが示唆されている。
2.魔道具としての機能について
この魔道具には、およそ4つの項目が記載される。
魔力、気力、霊力、特異能力の4つである。
これは魂を持つ生命体を対象に羊皮紙の機能を起動させたときに表示される。
この数値における、一般的な成人男女の平均値が下記であることが検証により確認された。
魔力:10
気力:10
霊力:1
これはそれぞれの保有量を表している。
霊力保有量の数値は魔力保有量、気力保有量に対する10分の1が成人の平均であり、羊皮紙の製作者がなぜそう表すことにしたのかは定かではない。
これによってわかるのは、人間の平均値が数値的に実に丁度よい数値であり、この羊皮紙が人間を測定することを目的としている、もしくは人間の平均を基準としているという事だ。
いったい何者が、何のためにこれを作成したのか……
ぜひとも解明していきたい。
また現在の技術力では対象の魔力、気力の計測は可能であるが霊力の計測は不可能であり、それを可能とするこの魔道具の有用性は計り知れないだろう。
そして4つ目の特異能力であるが、これについてはまだはっきりとしたことは分かっていない。
この特異能力が表示されるのは今のところ所有者である”芭風やよい”ただ一人であり、現在検証中である。
次はこの羊皮紙を使うことによってわかったこと。研究の成果についてである。
まだまだ研究は初期段階であり、これから判明してくることもあるだろう。
それを踏まえたうえで、現在の状況を書いていきたい。
3.霊力の数値化による戦闘能力の考察
人類史が始まって以来、人類は地上の覇者たる魔物に後れを取り続けている。
これは魔物が強力な戦闘能力を持っていることも原因ではあったが、最も大きな原因は魔物に対して人類の開発した兵器軍のおよそほとんどが通用しないことだった。
これにはいくつかの仮説が立てられている。
そしてその中でも最も有力な説として挙げられるのが、霊力の、魔力と気力に対する親和性の高さである。
これはそもそも、魔物に兵器が効かない理由が、『生命体から放たれた魔力や気力が、機械や魔道具から放たれた魔力や気力より遥かに強力である』というものだったからである。
要は魔法にしても、気力による身体強化にしても、機械がそれを行うよりも人間自身で発動させる方がはるかに強力なのだ。
この性質は、その理由故に、生命体にしか持ちえない霊力に因果関係があるという説は非常に信ぴょう性が高い。
何を隠そう、私もその仮説の支持者の一人である。
人類はその性質に長い間苦しめられてきた。
どれだけ強力な兵器――戦車やミサイル、果ては弩級宇宙戦艦などを開発したところで、一定以上の力を持つ魔物にはまるで効果なかったからだ。
対象の魔物の保有する百倍もの魔力を持つミサイルを撃ち込んでもその魔物が無傷だったのはもはや笑い話である。
ゆえに、ドローンや無人機すら開発できる技術力を手にしながらも、人類は未だその自ら手でもって魔物に相対せざるを得ない。
軍人自らが空を舞う飛行鎧はその産物であった。
これの考察を行う前に、まず前提から確認しよう。
前提として、人間や魔物など生命体の戦闘能力は、その魔力と気力の出力に比例する。
身体能力を強化する気力や付与魔法、火力を実現する魔力。
勿論、それらを実現するための技術も必要になってくるが、それらは圧倒的な出力の前には無力である。
その魔力や気力の出力に関してだが、これまで何がそれを決定づけるのかは不明だった。
一先ず魔力で例えてみよう。
(これは魔力だけでなく、気力の場合も同様であることを忘れてはいけない)
例えば、魔力保有量10の人間と魔力保有量30の人間がいたとする。
それだけ見れば魔力は3倍だが、実際に使用される魔力。
実際の魔力出力は10倍だったり、逆に全く変わらなかったりしているのだ。
この出力というのは技術的なものではなく肉体的なもので、
いうなれば、魔力保有量は筋肉量で、魔力出力は実際の腕力になる。
故に、理論上は魔力保有量に魔力出力は比例するはずなのだが、実際は全く違う。
トレーニングをすれば魔力出力が上昇することには変わりないのだが、個人差が非常に激しかった。
それは、現代エネルギー技術界では非常に大きな謎であったのだが、それはこの羊皮紙のお陰で簡単に分かってしまった。
先ほどの例えの魔力保有量が10と30なのに魔力出力が10倍ある場合。
両者の数値は下記になっているのだ。
==========================
魔力:10
気力:10
霊力:1
==========================
==========================
魔力:30
気力:30
霊力:10
==========================
両社の霊力はちょうど十倍。
そう、魔力出力、ついでに気力出力もであるが、それは霊力に非常に依存するものだったとの仮説が容易に立てられる。
これはおそらく霊力の、魔力と気力に対する親和性が非常に良すぎたからこそ起こった現象だろう。
これを受けて研究を重ねた私の立てた仮説では、霊力の親和性は通常の物質のおよそ1,000~100,000倍。
これはつまり、霊力を使わない魔力(気力)の使用では効果が1/1,000~100,000にまで落ち込むという事だ。
これでは、霊力を使わない人類の兵器群が、霊力を使う魔物に通用しないのは当たり前だ。
人間の魔力出力(気力出力)が霊力に依存しているのもこれである。
霊力の影響が強すぎて、霊力以外をどれだけ鍛えても魔力や気力の出力を上げることはできないだろう。
だがこれが明らかになれば、効率的に霊力保有量を上げる方法を探し出し、
人類が魔物に打ち勝つ光明になるかもしれない。
いや、絶対にそうしてみせよう。
4.特異性全身体症候群についての考察と霊力との関係性
現代医学でも良く分かっていないこの症状についても霊力の見地から説明がつくかもしれない。
その名は特異性全身体症候群。
別名、仙人シンドロームだ。
こちらの方が聞き覚えのある人間も多いだろう。
まあ、病名なんてついてはいるが、これが病気である確証はまるでないし、病気でないという考えの方が一般的だ。
ただ、それに属する人間が通常の人間とは医学的にかけ離れているから便宜上その名前がついているだけである。
これに属する人間は、俗に”仙人”などと呼ばれたりする。
実際に自ら仙人を自称する者も多いし、事実その通りだと言わざるを得ない特徴も持っている。
この仙人シンドロームを持つ人間は遥か古代、それこそ人類史が始まる前から存在していたとすら言われており、その長い歴史の中でも解明不可能な、まるで人体の神秘を体現するかのような者たちだ。
また仙人たちはずっと己の存在を秘匿し続け、それらが表舞台に姿を現すようになったのは歴史から見るとごく最近のことである。
ただ表舞台に出たと言っても、それはその存在が一般に知られるようになったという事ぐらいで、相変わらず彼らは人里離れた山奥などに住んで、めったに姿を現さないのではあるが……
また、仙人シンドロームを持つ人物の特徴は以下に記述する。
・食料を食べる必要が無い。一週間に小さな干し魚を一匹食べるだけで生命活動に支障がないらしい。だがこれは個人差もあるようで、仙人によっては丸一年何も食べないというものもいるようだ。
・水を飲む必要が無い。これも食料と同じで、一週間に一回口に含む程度の水でいいようだ。仙人によっては空気中の水蒸気だけで事足りるのだとか……本当に人間かどうか疑わしくなる。
・疲労を感じず、睡眠が必要ない。私にとってはまるで夢のような状況だ……。これもまた個人差があるようで、一月に一回、一日目を閉じて瞑想する必要があるという者もいれば、十年以上休んだことが無いという者もいるらしい。
・キズの直りが早い。食事をとらず休息も取らないはずなのに、小さな切り傷や擦り傷であれば一時間程度で塞がってしまうという驚異の自己治癒能力がある。
・寿命が著しく長い、もしくは寿命が存在しない。おそらく老化が止まっているか非常に遅くなっていると考えられる。事実、仙人の中には千年以上生きていると思われる人物が存在している。
まるで新人類だと言われても納得してしまうほどの性能だ。
しかし彼らの種類は間違いなく現行人類である。
なぜかと言えば、仙人シンドロームはその全てが後天的なものだからである。
何かが原因となって普通の人間がこのような生態へと変化する。
仙人から聞くとそれは修業というものをしたらしいが、その内容な非常に過酷らしく死ぬものも多いらしい。そしてどうやら個人の素質も関係あるらしい。
しかし、実は詳しいことは何も分かっていないのだ。
仙人たちは秘匿主義で、これらの情報も入手するために多大な労力を必要としたそうだ。
それに、前述したように仙人は秘境に住み、そこには魔物が多く生息している。
また、仙人は一人の例外もなく非常に戦闘能力が高い為、無理に言う事を聞かせることは困難を極めるだろう。
さて、仙人シンドロームのことが分かったところで、これからが私の提唱する仮説である。
この仮説で、仙人シンドロームにも説明がつくのだ。
人間には霊力が存在するのは皆が知っている通り。
そしてその霊力は『霊体』と私が呼ぶ現実の肉体の遂になる身体を作っている。
そして人間の根幹たる魂は、現実の肉体と霊体、二つの柱で支えているという仮説だ。
普通の人間は霊力が低く、霊体が非常に脆弱なため肉体で魂をほとんど支えている。
そのため、霊力に傷が出来ても魂が器から離れる……つまり死ぬことは無い。
これは数年前に起きた魔力事件、『アルドゼス魔力炉事故』でも説明がつく。
そこ事故で起きた強力な魔力爆発は、人間の霊力に大きな影響を与えた……霊力障害が起きたと言われている。
しかしその霊力障害で死亡したのは、力のない一般人ではなく、そのほとんどが軍事訓練を受けた軍人や、日常的に魔物と戦う冒険者だった。
(一般人は気絶や、障害が残ってしまったものもいたものの、死亡例は極わずかだった)
死亡した彼らは日常的な戦闘によって霊力保有量が増大しており、霊体が魂を支える割合が大きくなっていたため、霊力障害で霊体に支障が出たとき、魂を支えきれずに死亡してしまった。
私はそう推測している。
仙人シンドロームは逆ともいえる。
彼らはその特殊な修練法により、強大な、強大すぎる霊力を持つことで、現実の肉体よりも霊体の方が遥かに強靭になってしまったのだ。
だから、魂を支えるのには霊体がそのほとんどを任されていて、生命体としてあまり肉体に依存していない。
故に食事がいらず、水もほぼ必要とせず、休息も必要としていない。
おそらく肉体の維持には魔力と気力がそのほとんどを賄っているのだろう。
強大な霊力を持つ仙人にはそれも可能なはずである。
書ききれないこともあるが、これが私の仮説である。
まだまだ研究の足りないことも多く、穴もあるだろう。
しかしこれからの研究でそれも埋めていくつもりだ。
羊皮紙の登場で、その研究の速度も飛躍的に高まるだろう。
この羊皮紙、そして霊力には無限の可能性が秘められている。
私はそれを探求していく。
それが私の役目だ。
それを末筆として、この辺りで締めとしよう。
オダナリ・レディベリー
お読みいただきありがとうございます。
これで幕間は終了です。
次からは主人公視点に戻ります。
長い長い幕間になってしまい、申し訳ありません……
また、今回は説明回でもあったので、もしこれが分からん! などがあればご指摘いただければと思います。




