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幕間 異世界の大地(仁場ジンの場合2)


 血で濡れてベタベタした制服を不快に思いながら、ジンは洞窟内を歩いていた。


 その周りには洞窟でゴブリンに襲われたジンを助けてくれた六人の男が歩いている。

 この中で最も弱いジンを守るために中心に置いてくれているのだ。

 ありがたいことだった。


 彼らは黙って進んでいくが、ゴブリンが現れるとすぐさま洗練された動きでそれを倒していった。

 前助けられた時には気持ちに余裕がなく気にも出来なかったが。

 生き物が目の前で死んでゆく光景にジンは気分の悪くなった。

 しかし、それをどうにか飲み込んでついていく。


 それでもジンがどうにかそれに耐えられたのは。

 やはり、この混乱した状況で他のことに思考を使う余裕が無かったからなのだろう。


 ジンはこれまでの人生で、ネズミやスズメなどの小動物ですら殺したことなんてもちろんない。

 ただの高校生だったのだから当たり前だと思う。

 前に地方へ遊びに行った時に、道端に打ち捨てられたタヌキの死体を見ただけで気分が悪くなったこともある。


 それが、目の前でそれ以上の大きさの。

 それも人型の生物が殺されているのに吐くこともしないのは、自分の事で一杯一杯だからなのだろう。


 そうやって道を塞ぐゴブリンを退けながら、洞窟を歩く。


 黙々と進んでいる面々。

 その緊張感に耐えきれずに、ジンは思わず先程から考えていたことを口に出した。


「あの……皆さんは軍隊の人なのですか……?」


 その言葉に、彼らはちらりとジンの方を見る。

 全員に視線を向けられたジンはびくりと体を震わせる。

 しかしどうやら質問をすることに機嫌を損ねることは無かったようで、先頭を歩く軽装のアーカーがむしろ笑うように話す。


「ははっ! 俺らが軍隊? そんな高等なもんじゃねえよ。俺らは世界冒険者協会のメンバー、いわゆる冒険者ってやつだ」


「冒険者……ですか?」


 小説なんかでは聞いたことがあるが、現実では聞いたことのない言葉であった。


「ん? 知らねえのか? そりゃまた、もしかして結構都会の出身なのか? 冒険者は基本地方で活動してるからなぁ」


「えっと、その……まあそんな感じです」


 都会、と言っていいのだろうか。よくわからない。

 ジンの住んでいた場所は田舎とは言えないし、日本の中では結構都会の方だろう。

 しかし、今の状況でその答えが正しい自信はなかった。


 ここはどこなのだろうか。


 ジンからしたらおかしな格好をしているアーカーたち。

 冒険者という創作の中でしか聞かない職業。

 そして、余裕がなくあまり気にしていられなかったが、ゴブリンを倒すアーカーたちが使っていた技術。

 あれは、もしかしたら、ジンの考えが外れていなければまるで魔法のような……。


 ……もしかして、ここは――。


 その時、アーカーの声がジンの耳に響いた。


「おっ! 出口だぞ」


 その声に、ジンは思考を中断して前方に目を向ける。


 そこには、薄暗い洞窟の中をは一線を画す明るいお日様の光が差し込んでいた。


 そこを抜けると、そこは鬱蒼とした森だった。

 ジンの鼻腔にむせ返るような緑の匂いが入り込む。

 それが、ついに洞窟を抜けることができたことをこれでもかと表していた。


「あと1時間も歩けば町に着くはずさ」


 その明るい言葉に、しかしジンは非常に強い倦怠感を感じた。

 どうやらアーカーたちにとって1時間歩くことは非常に身近で短い時間らしい。

 しかし、現代日本の生活に慣れきったジンにとって1時間の徒歩は考えるだけでしんどく感じた。


 だが、洞窟を抜けることができて閉塞感がなくなったことも事実である。


 少し心の余裕ができたジンは、今まで聞いていなかったことを聞く。

 なんだかこれを聞くと心に負担がかかりそうで、ジンは無意識にそれを聞くことを避けていたのだ。


「あの、お聞きしたいことがあるのですが……ここは一体どこなのでしょうか?」


 その言葉に、もはやジンとの会話担当になっているアーカーが振り向いた。


 アーカーは森の中を歩きながら答える。


「ああ、ここはオルド王国近郊の未踏領域だ。オルド王国は世界有数の大国だから、人類領域の中央から未踏領域の境目まで領土を持っているのさ」


 オルド王国? 未踏領域? まるで聞き覚えがない。


 ジンの困惑を感じ取ったのか、アーカーはこちらの顔を見た。


「もしかして、聞き覚えがないのか? それじゃあ、ザリ=ガリド帝国は? クリグリ共和国連邦は? ……まさか、星柱(せいちゅう)も知らないとか言わないよな?」


 全て聞いたことがない。

 おそらくジンの困惑した表情を読み取ったのだろう、アーカーは空を仰ぎ見た。


「まじかよ……、どんだけ箱入りだったんだ……? いや、流石におかしいだろ。どうなってんだ」


 その呻くような言葉に、大きな荷物を持って眼鏡をかけた細面の男が応える。

 そういえば、このメンバーの中でまだアーカーの名前しか知らないことに今更気がついた。


「もしかしたら、転移事故の際に記憶が飛んでしまったのかもしれないな。転移事故には謎も多い、記憶がなくなる事もあり得る可能性の一つだという事だろう」


「あー、なるほど。なかなか面倒なことになってんな」


 なんか恐らく実際とは違う方向に誤解が進んでいる気もするが、疲労もあってジンはわざわざそれを訂正する気は起きなかった。


 それに、ジンが今考えている仮説があっているのであれば、説明しても恐らく信じてはくれないだろう。


 すると視界が開ける。


 どうやら歩き続けて、森を抜けたようだ。


 視界が広がった先には草原があった。


 なだらかな草の絨毯が続く。

 そこにところどころ樹木が生えており、それが良いアクセントになっていた。


 上を向けば陽の光を下ろす太陽。

 青い空と、僅かな薄い雲がそこに浮かんでいた。


 しかし、それらの自然の美しい光景が霞むほどのものが、その空にあった。


 それは遠くに映る巨大な柱だった。


 はるか遠くに見えているだけで、恐らくその直径は凄まじく大きい。


 直径何百kmか、それとももしかしたら何千kmとかあるかもしれない。


 どのくらいは全くわからないが、大きいことはよくわかった。


 そして、それと同じかそれ以上に驚くことが一つある。


 それはその巨大な柱の先であった。


 その先。


 そこには、星があったのだ。


 地球の宇宙から見たかのような緑と水色の惑星。


 それが柱の伸びた先に存在していた。


「あれが星柱(せいちゅう)だ。……本当に覚えてないんだな。あの星柱(せいちゅう)が人類領域の中心なんだ。あそこで俺たちの立つ惑星ティアピアと向こうの双子星ガライアが繋がっているのさ。」


 ……嘘だろ。


 そんな言葉が口から出かけた。


 いや、その可能性は考えてはいたのだ。

 だが信じられなかった。

 信じたくなかった。


 しかし、これほどのものが出てきてはもはや目を背けることはできない。


 ――ここは地球ではない。


 それだけがジンの脳裏に巡っていた。


 ――異世界転移。という言葉がさらに脳裏に浮かぶ。


 ジンはサブカルチャーもよく触れる。

 言うなれば薄く広いオタクであり、異世界転移というジャンルにも触れる機会があったということだった。


 それを題材にした小説を読んで、自分も異世界に行ってみたいと思ったことは実はある。

 しかしまさか自分がその主人公になるとはまるで思わず、今は困惑の方が先立っていた。


「まあとりあえず、これからは町に行ってから考えればいいさ。ダンジョンにいきなり取り残されるなんてことになっちなったんだからな。疲れてるだろ」


 アーカーがそう声をかける。


 ジンはいっぱいになっていた頭で、つい意識に残った言葉を復唱した。


「ダンジョン……」


「ん? ああ、そのあたりの知識もなくしてんのか。ダンジョンはな、洞窟や遺跡なんかに魔物が住み着いて独自の生態系を気づいているところさ。普通の場所よりおっかねえところだから、命知らずの多い冒険者でも相応の実力がねえと行こうとも思わねえだろうよ」


 アーカーが説明してくれる。


 それに、槍使いのうちの一人が笑いかける。


「おっかねえダンジョンっつえば、星柱(せいちゅう)の中央部あたりの宇宙空間にあるっている”深淵”って言われるダンジョンだよな」


 すると、盾使いの一人がそれに乗っかる。


「”深淵”ってあるかどうか分からないって言われてるダンジョンだろ? なんか、バカみてーに莫大な魔力溜まりがあるから、そこにダンジョンがあるんじゃないかって言われている場所」


「ああ、もしダンジョンがあるなら理論上、惑星上にあるあらゆるダンジョンより凶悪なダンジョンになるらしいな」


「ま、あったら、って話だけどな」


 アーカーが声を上げる。


「おい、そろそろ着くぞ。最後だが気ぃ引き締めてけよ」


 それに話を中断させて、槍使いと盾使いが頷いた。


「うぃ〜す」


「はいよ」


 ジンもアーカーの声に、前方遠くへ目を向ける。


 そこには、確かに町――人の手で作られた人工物があった。


 さて、一体これからどうなるのだろうか。


 ジンは大きな不安とちょっぴりの期待を抱えて、異世界の大地へと踏み込んだ。


惑星ティアピアのオルド王国がやよいが転移した場所です。

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