幕間 洞窟からの始まり(仁場ジンの場合1)
これだけ待たせて別視点。
申し訳ない……
仁場ジンはハッと目を覚まし、同時に起き上がっていた。
そこはゴツゴツとした岩場であり、閉塞感のある天井と左右のみに続く道筋が、そこが洞窟であることを物語っていた。
「は? ――え? は!?」
ここはどこだ? どこなんだ?
ジンの頭の中を、今はそれだけが満たした。
それもそのはず、ジンは今まで自分の通っている高校の教室の中にいたのだから。
ジンの脳裏に瞬間的にその時の記憶が思い出される。
あれはたしか平日のお昼ごろ。
授業が終わって昼休みになったときだった。
さて購買にでも行こうかと席を立ち上ろうとしたその時、たしか、一瞬光が。
そう、目も開けられない程の眩い閃光が教室に放たれて――――
……そこから先の記憶は無い。
何がどうなっているのか。
なぜ自分は洞窟になんているのか。
未だ混乱のさなかにあるジンは、何かないかと辺りを見回す。
洞窟には自然発光する鉱物が所々に露出しているようで、薄っすらとではあるが周りを見る程度の明るさはあった。
左右に続く洞窟の続きはどちらもすぐに曲がっていて、その先を見ることはできない。
何かないのだろうか。
ジンはそう思って、洞窟の先を覗き込もうとする。
すると、そこにはそれがいた。
人間の子供ほどの背丈。
しかしその肌は人間とは程遠い薄汚れた緑色であり。
近くにいるだけで悪臭が鼻に突く気がした。
体には襤褸布を一枚纏っているようだった。
耳と鼻は山のように尖り。
その顔面は悪意が固まったように醜悪だ。
この異形を見た瞬間。
ジンの脳裏に、ある単語が思い出された。
――――ゴブリン。
その姿は、ゲームで見たことのあるゴブリンそのものだった。
よだれを垂れ流したそのゴブリンの邪気に満ちた表情に、ジンの肌がぞわりと泡立つ。
後で聞いたところによると、殺気と呼ばれるらしいその気配。
今まで感じたことのない……、向けられたことなどない恐ろしい気配に。
ジンは腰が抜けて座り込んでしまう。
「あ……ああっ……!」
ゴブリンは地面に擦るように手に持っていた石製の棍棒を振り上げる。
その化け物の顔は、醜悪な愉悦を帯びていた。
そして、その棍棒がジンに振り下ろされるその瞬間。
なんと、ゴブリンの体がいきなり左右へと裂けたのである。
ジンの身体中へ降り注がれる生暖かい血液。
鉄錆にも似た匂いが、むわりと鼻を舐めまわした。
崩れ落ちるゴブリンの死体が血の海に沈む。
その肉塊の先には、数人の影が見えた。
全員が軍隊の戦闘服を改造したような服装をしていていた。
しかし、その装備が軍隊としてはおかしい。
なぜかその全員が銃器ではなく、剣や弓、盾などで武装していたのだ。
ただそれは中近世を舞台にした映画などで見るような数打ち武器ではなく。
軍で使われるコンバットナイフのような、人間工学や機能美に溢れた近代的な形状を取っている。
それがなんともアンバランスな感覚をもたらして、ジンはなんだか自分が映画かアニメの世界にでも迷うこんだような感覚に陥っていた。
「おい、そこのあんた! 大丈夫か?!」
数人の影のうちの一人がジンに向かって歩み寄ってくる。
それに付き合うように他の人影も近づいてきて、全員の姿がジンの目にはっきり映るようになった。
その人影は六人組の男性だった。
大きな盾を持っているのが二人。
槍を持っているのが二人。
軽装で弓を持っているのが一人。
大きな荷物を持っているのが一人だ。
その中の軽装の男が座り込むジンに近寄って声をかけてきていた。
男はちょっと軽薄そうな顔だったが、薄く顎髭が生えていて少しワイルドな感じであった。
「大きな怪我は……ないみたいだな」
男はジンの体をさっと見て、軽く叩くように肩や足などに触る。
ジンの体に怪我がないことを確認すると、ホッとしたように息を吐く。
そして、次にはその眦を怒らせて強い声を上げた。
「あんた、なぜこんな格好でここにいる。ここは小さいがまがりなりにもダンジョンだ。そんな軽装、しかも一人できてところじゃない」
怒気を滲ませたいかつい大人の声に、大人しい高校生であるジンは吃りながら呟く。
「あ、え、えっと……、俺も何にがなんだかわからないんですが、気づいたらこんなところにいまして……もっと違うところにいたはずなんですけど……」
「なにぃ?」
男はジンの言葉を聞くと「ん〜?」首を傾げて、手で顎をさする。
疑問に顔を歪ませて考えているようだが、どうやらわからなかったようで後ろの男たちに声をかけた。
「あー、なんかわかるか? 俺はさっぱりなんだが」
男たちは互いに目を合わせる。
すると、その中の一人。大きな荷物を背負った男が話す。
眼鏡を掛けた細面の男だった。
「転移事故かもしれないな。事例は少ないが、いきなり全く違う場所に跳ばされると聞く。それなら違和感もないしな」
「ほーん。なるほどなー。なら仕方ないか、しょうがねぇ……民間人を保護して帰投ってことでこのまま帰りますか。あんまり探索できなかったけど、ほっとく訳にもいかないしな」
民間人……、彼らはやはり軍人なのだろうか。
しかし、それにしては雰囲気が違う気がする。
どちらかというとアウトローよりのような……。
男たちは少し話し合うそぶりを見せると、しばらくして軽装の男がジンに話しかけてくる。
「あ〜、えっとな。とりあえず町まで送るから、着いてきてくれるか?」
その言葉に、ジンは勢いよく頷く。
「あ、はい。すみません……よろしくお願いします!」
「おう、よろしく! あっと、俺の名前はアーカーってんだ。お前さんは?」
「えっと、仁場ジンといいます」
「お、そうか。んじゃ、よろしくなジン」
アーカーが差し出してくる手をジンは恐る恐る握る。
そして、どうにかぎこちない笑みを浮かべた。
「よろしくお願いします」
そこから、ジンは六人の男たちに混じって洞窟を進んでいくことになった。
なんて恵まれたスタートなんだ……!(主人公を視界の端に捉えながら)
※追記
次話は8/10に更新予定です。




