幕間 羊皮紙の魔道具(芭風やよいの場合6)
上手く書けず、なんども書き直す羽目になり遅れてしまいました。
その代わり、これまでの二倍くらいの文字数があるのでご勘弁を……
「早速ではありますが、羊皮紙の魔道具を見せてはいただけませんか?」
オダナリの言葉に、やよいはエイヴァの顔を見る。
羊皮紙を今所持しているのはエイヴァであった。
やよいが持っている羊皮紙は、この世界にとって非常になものであるという事はいまさら言うまでもなく、その護送をするのは軍人であるエイヴァが適任であったし、やよいもそれは了承していた。
エイヴァはやよいを見ると小さくうなずく。
そして、その懐から小さなブローチのようなものを取り出した。
それは楕円型の水色の宝石に銀色の装飾があしらわれており、一見装飾品にしか見えない。
しかし、それから淡い光が放たれると、それは机の上に降り注ぎ、次の瞬間にはそこに一枚の羊皮紙が姿を現していた。
これは、空間魔法というものが組み込まれた魔道具で、こうして貴重品や重要な品を運ぶために用いているらしい。
そのため、強力な防護機構も備えられているのだという。
「こちらがその羊皮紙になります。我が国にとっても非常に重要なものですので、取り扱いには最新の注意をお願いいたします」
エイヴァはそう言って、羊皮紙をオダナリの前へ滑らせた。
「それは重々承知ですよ。とはいえ、軍基地での研究の結果ではこの羊皮紙には理外の耐久性があることが認められていますので、これを破壊することは狙っても難しいでしょうがね」
その言葉に、エイヴァが目を細めた。
「それでも、取り扱いにはご注意いただきたい」
「承知しておりますよ、冗談です」
オダナリは、羊皮紙を手に取る。
そしてそれをまじまじと見るとそのまま机に置き、そこに両手を突き出した。
するとオダナリの両手から円形の魔法陣が浮かび上がり、光を放つ。
無数の円や幾何学的な模様、複雑な文字が絡み合ったそれは、やよいにとってとても神秘的なものに見えた。
魔法陣が羊皮紙に吸い込まれるように消えると、オダナリは小さく呟く。
「ふむ、やはりただの羊皮紙にしか思えない……」
その言葉が気になって、やよいはつい疑問を口に出す。
「ただの羊皮紙とはどういうことなのでしょうか?」
オダナリはその質問に気分を害すこともなく、しかし羊皮紙を見つめたまま顔を動かすこともなく答えを返す。
「いま、この羊皮紙に解析の魔法を使ったのですが、やはり霊力が宿っている以外はただの羊皮紙でしかありませんでした。魔道具には必ずあるはずの回路がないのですよ。……それに、生命体以外に霊力が宿っているのもおかしいはずなのですが…………軍基地での研究でも分かっていた事ではありますが、信じがたいのは事実です」
オダナリは軍基地で行っていた羊皮紙の研究にも関わっていたようで、やよいが滞在していた基地にも何回も訪れていたらしい。
しかし、区画が違ったため、やよいとは出会わなかったようだ。
軍基地の研究施設ではいくつかの簡易的な研究をしていたようで、その結果はやよいも伝えられている。
「――ハナカゼ様。この羊皮紙、一度使って見せてはいただけませんか?」
そう言って、オダナリは手に持った羊皮紙をやよいへ差し出してくる。
「は、はい!」
やよいはそれを受け取って、羊皮紙を自分に向かって使うように考える。
すると、前と同じように燃え上がり焦げるように文字が現れた。
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魔力:13
気力:6
霊力:3
特異能力
減加の理眼
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オダナリはそれを覗き込むように見る。
「やはり、ハナカゼ様には使えるのですね。――原理は不明ですが、識別機能が付いていると見るべきですか。……ありがとうございます。これはハナカゼ様が持っておいてください。この羊皮紙がハナカゼ様から離れると効果が失われる可能性がある以上、それが最良でしょう。……保管用の魔道具はこちらで用意しています」
オダナリはそう言うと、懐から先ほどエイヴァが羊皮紙を保管していたものと同じようなブローチ型の魔道具を取り出した。
そして、それを机に滑らせてやよいの前に持ってくる。
「これは、先ほどまでこの羊皮紙に使われていた保管用の魔道具と同じ性能を持った魔道具です。すでに調整は済んでおりますので、これをお使いください」
「はい、ありがとうございます」
やよいは保管の魔道具を受け取ると、そのまま羊皮紙を魔道具の中へ仕舞った。
そして、その魔道具はするりといった具合ですり抜けるようにやよいの手のひらの内部へと吸い込まれる。
「え!?」
手の中から消えた魔道具に、やよいは驚きの声を上げる。
それを見たオダナリは、いたずらが成功した子供のように小さく笑った。
しかしそれを、濃い隈と青白い肌、乱れた髪をしたオダナリがすると、いかに顔が整っていたとしても不気味さが先立つというものである。
「くくっ、……それは我が研究所が新開発した新しい魔道具でして、重要なものを移送するために魔道具を体の中に隠せるのですよ。これを使えば、無くすようなこともありません。思念波をキャッチしているので、念じれば外に出すことが出来ますよ」
「え、あ、はい。そうなんですか?」
やよいは消えた魔道具が出てくるように念じる。
すると、手のひらから浮き出るように先ほどの魔道具が現れた。
「わあ……」
やよいはその挙動が何だか面白く思えて、何度も出し入れを繰り返す。
そうしていると不意に前と横から視線を感じ、顔を上げる。
すると、そこにはオダナリとエイヴァが何だか微笑ましいものを見るような目でこちらを見ていた。
やよいは顔が耳まで赤くなり、魔道具を手のひらの中に仕舞って俯く。
いや、だって仕方ないと思うのである。
これまで魔法のマの字もないような世界にいたのだから、こんなに分かりやすく魔法を体験できるものがあれば興奮してしまう事もやむなしである……というようにやよいは思う。
「さて、ハナカゼ様にも気に入っていただけたことですし、これからは所員寮の案内でもしましょうか。顔合わせも終わったことですしね」
オダナリはそう言って席を立つ。
それについて行くように、エイヴァは一回溜息を吐いて立ち上がり、やよいは慌ててついて行った。
扉を出た向こう。
そこでやよいは少しかしこまったようなエイヴァに話しかけられる。
「それでは、私の案内はここで終わりです。最初は慣れない場所で大変かとは思いますが、頑張ってください」
「あ……」
やよいはエイヴァの言葉に、体が固まるのを感じた。
エイヴァはここまでの案内。
つまり、ここでお別れという事だ。
エイヴァは軍の所属で、これからやよいは軍とは違う研究所に厄介になることとになる。
軍属のエイヴァとはここでお別れなのだ。
不意に、エイヴァとのこれまでの出来事が滝の流れのようによみがえってくる。
突然この世界に飛ばされたこと。
訳も分からず魔物に殺されかけ、そこを助けてもらったこと。
軍基地に行ってからも、勝手の分からない自分に色々なことを教えてくれた。
繋がりのない孤独な異世界に、心細くなったときは、甘えてしまったこともあった。
その包容力に、もし姉がいたらこんな感じなのだろうかと思ったこともある。
やよいの頬に涙が流れ、顎に伝って落ちた。
「どうしたのですか、ヤヨイ?」
エイヴァはやよいの様子を見ると、ポケットからハンカチを取り出してやよいの頬に伝う涙をぬぐった。
「あっ、違うんですエイヴァさん。これは……」
どもった涙声のやよいに、エイヴァはにっこりと笑ってその頭を撫でる。
「永久の別れではないのですから、悲しむ必要はありませんよ、ヤヨイ。――これを渡しておきましょう」
エイヴァはそう言って、懐から手のひらサイズの機械を取り出す。
やよいはこれがどんな機械か知っていた。
これは地球でいうスマートフォンと同じ用途で使われる携帯端末だ。
「これには私のプライベートナンバーを登録してあります。もし何か困ったことがあれば、連絡することも可能です。…………貰っていただけますか?」
ちょっと不安そうな顔をしたエイヴァに、やよいは思わず笑みが漏れる。
そうだ、エイヴァはこういう女性だった。
やよいはこの数か月を軍基地で過ごしているうちに、エイヴァのことも良く分かっていた。
エイヴァは一見厳しそうな、冷徹さを感じる女性だけれど。
その実とても部下思いで優しくて、情に厚い女子だ。
それに、結構不器用な人でもある。
いま、何でもないような顔をしているけれど、見慣れてしまえばその表情にほんの少しの不安が現れているのが分かる。
だから、私は……。
「もちろん! 私ももっとエイヴァさんとお話ししたいです。だから、困ったことが無かったとしても連絡してもいいですか?」
そう言って、携帯端末ごとエイヴァの手を両手で包む。
エイヴァはそれに少し驚いた顔をして、次には、にやけた様な甘い笑顔を見せた。
「はい、そうですね。よろしくお願いします」
どきりとやよいの胸が高鳴る。
女性であるやよいであっても頬が赤くなるほどの笑顔だったのだ。
「はい」
やよいも頷き、握手をしてエイヴァと別れる。
研究所の出口の方へと歩いてゆくエイヴァに、やよいはその姿が見えなくなるまで手を振った。
「さて、では我々も行きますか」
やよいの背後でそう言うのはオダナリだ。
やよいとエイヴァが別れる時のやり取りを、ずっと待ってくれていたらしい。
オダナリも悪い人ではないのだろう。やよいはそう思った。
やよいは頷いて、すでに歩き始めていたオダナリへついて行く。
そのとき、やよいは自分が握りしめていたハンカチに気が付いた。
どうやら、涙を拭ってくれたエイヴァのハンカチをそのまま持ったままにしてしまっていたらしい。
最初の連絡は、これを謝る内容になりそうだ。
やよいはそう思いながら、ポケットに入れた携帯端末をぎゅっと握った。
お読みいただきありがとうございます。




