25 VS”漆黒の母蛇” 弐
遅くなり申し訳ありません。
やつらはこちらを見下してまだ動かない。
まるで実験動物を観察する科学者――いや、虐待を受けて震える生き物を見続ける加虐者のように悠人は感じた。
悠人はいつ攻撃されても反応できるように身構えながら、打開策を猛スピードで考える。
まず、継続戦闘能力。
先ほどまでの戦闘によって、悠人の魔力と気力は僅かであり傷も多い。
傷は魔力と気力さえあればどうにかなりそうだが――
――先ほどから、少し考えていたことがある。
<魔を拒む魔>を作成したときに後付けした、空気中の魔力を使用して足りない魔力の補助するシステム。
とっさに思いついて構築したものだったが、これを利用すれば魔力や気力の問題はどうにかできるかもしれない。
悠人は”漆黒の母蛇”たちを睨みつけながら、脳内で素早く情報体を組み上げる。
『魔力LvΩ』、『空気LvΩ』、『収束LvΩ』で空気中の魔力を集約し『魔力LvΩ』、『浄化LvΩ』、『変性LvΩ』、『接続LvΩ』、『吸収LvΩ』、『圧縮LvΩ』で集約した魔力を取り込めるようにした。
――技名は<魔力自動回復>。今、速攻で考えた。
気力も、生命体から放たれた気力が空気中に存在しているため、同じように情報体を組み上げた。
――こちらは<気力自動回復>である。
両方とも回復量は思ったよりも高く、技の使用コストを考えても一日あれば魔力気力ともに全回復できそうな吸収量となった。
全力戦闘を考えると心もとない量かもしれないが、それでも今の状況ではありがたい。
これで魔力気力に多少の余裕が出た悠人は、今までに集めた幾つもの『肉体LvΩ』、『再生LvΩ』――<外傷治癒>を同時起動して瞬時に肉体の傷を癒す。
身体は回復しておかないと、一瞬でやられかねない。
そして、未だにこちらを観察して動かない敵を尻目に、奴らの攻撃に唯一対処できる<魔を拒む魔>の効率化を始める。
各情報体の発動タイミングに発動数、発動位置などを調整を開始。
実際に試用するわけにはいかないので頭の中でのシュミレートになるが、悠人はそれを今まで魔力の流れや動きを見続けてきた経験でどうにか補ってゆく。
やはり即興で作ったためか無駄が多かったようで、簡単に洗い出しただけで約五割の魔力を削減できるようになった。
しかし、できたのはそこまで。
どうやら”漆黒の母蛇”らは動揺を見せない悠人にしびれを切らしたのか、攻撃を再開しだしたからだ。
また口から光球を生み出す”漆黒の母蛇”と、それと同時に口腔を光らせる計五体の”舞い降りる黒水晶”。
悠人はそれを視認した瞬間、やつらに向かって走り出した。
強力な肉体強化によって、瞬間的に最大速度に達した悠人は音を置き去りにする。
怪物に接近する悠人は、背後から強烈な熱を感じた。
やつらのビームが着弾したのだろう。
巨体は総じて足元に潜り込まれるのが弱い。
それがやつらに通じるとも思えないが、それでもやつらは動きが鈍重なのだ。
至近距離で急に動き出す対象へ、正確に攻撃を当てることはできない。
ヘビは周囲に無造作にビームをばら撒くため、その体型的に最も弾幕が薄くなる、やつの下部後ろ寄りに逃げ込んだのだ。
そしてそのまま、やつらの背後へ突っ切る。
そうして背後を向くと、”漆黒の母蛇”の背中に向かって悠人は<石の衝撃>を乱れ打った。
音速の三倍で飛来する石の弾丸に、”漆黒の母蛇”は轟音を響かせて、身体を仰け反らせる様に頭から草原へ倒れ込んだ。
「――やったのか?」
その姿に悠人がぼそりと呟く。
しかし、その期待は外れた。
そして、現実はその期待とは真逆と言っていいハズレだった。
”漆黒の母蛇”は倒れたその体をのっそりともたげて、その赫い瞳で悠人を睨みつける。
そして再度、空へ浮かび上がった体には、鈍く光る鱗のみが光っていた。
――無傷。
先ほどの攻撃で”漆黒の母蛇”が仰け反ったのは、<石の衝撃>がヘビの肉体を貫けず、その体を押し退けるだけで空の彼方へと飛んで行ったからだった。
――攻撃が効かない。
その事実に、悠人から嫌に冷たい汗が流れ落ちる。
そんな馬鹿な。
超音速の攻撃だぞ?
運動系の情報体で、何に衝突してもその速度が減らず。
物質系の情報体で、理外の頑丈さを誇る弾丸だ。
当然それは強烈な衝撃波をまき散らす。
それが効かない。
――この瞬間、悠人は攻撃手段を失った。
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