19 草原地帯
穏やかな草原地帯。
一面に生えそろった柔らかな草が、ゆっくりと吹く風に揺られて緑色の波を作っていた。
周りには見渡す限りの地平線が存在し、この草原の茫漠たる広さを物語る。
空には巨大なクリスタルの敷き詰められた天井が覆いかぶさり、しかしそのクリスタルの太陽の如き輝きが草原を暖かく照らしていた。
そんな場所にて、その地を、草を、土をまき散らしながら突っ走る一つの小さい影。
それは、もう一つの浮遊する大きな影に追いかけられていた。
「うおおぉぉッ!!!」
草土を蹴り飛ばしながら、音速に迫る速さで地面を爆走している悠人はチラリと上に目を向ける。
そこには宙に浮くたまご型の漆黒、悠人命名”舞い降りる黒水晶”がゆっくりと迫ってきていた。
悠人はそれの底部、口腔に光が収束するのを確認すると、全身の筋肉を振り絞って、少しずつ進行方向を曲げだし大きな円を描くように走る。
そして膨大な光のエネルギーが吐き出される音がすると、悠人の後方から圧力すら伴う爆音と大地が揺れる爆風がもたらされた。
「くっそおおぉッ!」
悠人はそれらを置き去りにして走りながら、”舞い降りる黒水晶”に目を向ける。
すると、悠人の周囲から幾つもの石の弾丸が生成され、恐るべき速さでその怪物へと放たれた。
音速を超え、衝撃波をまき散らしながら怪物に突き刺さる弾丸は、その肉体の内部を砕き、かき混ぜながら貫通し、反対方向へ飛び去った。
しかし、”舞い降りる黒水晶”の巨体からすればその傷は小さい。
だが傷からは体液が確かに流れだし、ダメージは確実に与えるように見えた。
そうして浮遊する”舞い降りる黒水晶”の周りを全速力で走り抜け、攻撃を続けること数時間。
遂にその怪物は浮遊を止め、地響きを立てながら地面に突き刺さった。
「……ふう」
悠人は足を止めると、石の弾丸――<石の衝撃>――を一度だけ怪物に打ち込む。
しかし反応は全くなかった。
霊力を確認すると、それも徐々に抜けてきているようだ。
「やっと、勝った、か……」
悠人はあまりの疲れと気が抜けたせいで地面へ座り込んだ。
「……これで、三体目だ、な」
遠目で確認すると、何という事か、今目の前にあるのと同じ死体が二つ地平線の彼方へ見える。
その死体、”舞い降りる黒水晶”の力はもともと悠人の約六倍である。
今でもその差はそれほど縮まってはいなかった。
しかし、その本来ならば対抗できない程の力の差がある相手を、苦労したとはいえ倒せるようになっているのは、確実に情報体のおかげなのだ。
たとえ熊が相手でも、銃があれば人間が狩ることができるのと同じかもしれない。と悠人は思う。
悠人は少しの休憩を取ると、<魔の観測眼>で魔力の流れを観察したのち、歩みを再開するのだった。
この草原地帯は何もない。
本当に見渡す限り草原だけでこれといった特徴もなく、悠人も魔力を見るということが出来なければ簡単に迷っていただろう。
洞窟などの迷路とは違う、こういった迷い方もあるのだなと思う。
悠人が目を周囲に向けて警戒していると、草原の起伏に隠れるように一つの洞窟へと続く入り口を発見した。
――この場所には何もないといったが、それは少し語弊があったかもしれない。
実は、すぐ目に見えるような場所には何もないが、所々にこういった穴が存在する。
穴といっても落とし穴のようなものではなく、本当にただの洞窟への入り口で、その中には全体をクリスタルで覆われた洞窟、そしてそのさらに奥には灰色の岩ばかりの洞窟があった。
つまり、最初に悠人がいたような洞窟がこの草原には無数に存在しているという事だ。
悠人が実際に潜ってみて確かめたのだから間違いない。
また、クリスタルの洞窟の方には前に悠人が倒した巨人が一体、多い洞窟には二体三体と出現したのだが、改良を行った石の弾丸<石の衝撃>――悠人は苦労してこれを一度に十回撃てるまで情報体を集めた――を同時に数発放っただけで一瞬で爆発四散した。
やはり、武器の発達は偉大である。
この結果を受けて、危険少なく鍛えることが出来ると思った悠人が再びその洞窟で殺戮兵器となったのはまた別のお話である。
しかしそうとはいっても、やはりそれ以外には何もないことには変わりない。
草原にはそれ以外何もないのだ。
たまに見かける、あいつら以外。
周囲を、目を凝らしながら見渡すと、地平線の彼方に”舞い降りる黒水晶”が二体いる。
前に一体、斜め右に一体だ。
できるだけ気づかれずに進みたいところであった。
今の悠人では一体を相手にするので精いっぱいだ。
二体以上と同時に遭遇したら、それだけで勝つことはできないだろう。
そもそもその勝ち方自体が、相手が鈍重であるという事を利用した逃げ回り作戦なのだから。
二体以上と戦えば、あの巨大ビームから逃げ切ることは不可能だ。
一体倒すだけでも何時間もの時間がかかるのだから、さらにひどく難易度の増すその状態では、悠人があっちを削りきるまでに確実にあちらのビームに被弾する。
そうすれば生きている保証はない。
悠人は視界に入る”舞い降りる黒水晶”に決して近づかないように気を付けながら、魔力の流れる元の方へと向かってゆく。
お読みくださりありがとうございます。
次回の投稿ですが、三日ほど期間を開けたいと思います。
現在は全く話のストックが無く、その日書いたものをその日にあげており、時間に追われるような形で余裕がなくなっているためです。
よろしくお願いいたします。
次回の更新は6/24(月)予定にになります。




