15 VSトロル 後編
燃え盛る巨人。
肥え太った白濁の体を、真っ赤な炎が包み込む。
『燃焼Lv3』がこれほどの威力をたたき出すとは思わなかった。
これはいけるかもしれない。
わずかにほくそ笑んだ悠人であったが、しかしそれ程うまくは行かないらしい。
「グオォォオォオォォオォオォォオォオ!!!」
押し付けられるような重い咆哮が上がる。
それと同時に、纏わりついていた炎は、軽い木葉のように振り払われた。
大質量の腕が薙ぎ払われる。
「クソッ!」
悠人は勢いよく転がって逃げる。
――<石の一撃>
石の弾丸が巨人の肩を貫通する。
しかしそれは、周りの肉が蠢くと、ほんの数秒で再生されてしまう。
丸太のような足が踏みつけられるのを、間一髪で跳んで避けた。
今度は巨人の膝に風穴が空く。
しかしそれもすぐに再生した。
奴の攻撃を食らってはダメだ。
ダメージはそれほどなくとも、悠人の身体は僅かな時間硬直する。
あの瞬発力ならばその間に、もう一撃をこちらに加えられるだろう。
それが繰り返されれば反撃の機会は無くなり、こちらの勝機はゼロになる。
先ほどは巨人は一撃加えただけで悠人が死んだと思い込み追撃をしなかったが、二回目もそうなるような甘いことは無いはずだ。
悠人の攻撃手段である<石の一撃>の発射感覚は三秒に一回。
しかしそれだけの時間があれば、巨人は傷のほとんどを回復させてしまう。
火力が足りない。
『燃焼Lv3』も最初は効いたようにも思えたが、今ではそれ程のダメージはなさそうに見える。
他にも有効打になりえそうな情報体はいくつかあるが、LvΩに達していない情報体は消耗品。
使ったらなくなってしまうから、安易な使用はできそうにない。
まずは、<石の一撃>で巨人の弱点探って、そこに大技を叩きこむしかない。
断続的に降り注ぐ巨大な腕と足を全力で回避し続ける。
これほど身体能力に差がある相手の攻撃をかわし続けられられるかというと、それは偏に<気視>のおかげだった。
巨人の体内に流れる気力を見ていると、攻撃の前にそれが独特の動きを見せるのだ。
攻撃前に避ける動作に入れるからこそ、何とかなるしその間にこちらも攻撃できるだけの余裕が生まれる。
――どれほどの時間が経っただろうか。
もう何回<石の一撃>を打ち出したか覚えていない。
手、腕、首元、胸、腹、腰、脚、膝。
幾つもの穴を空けてきた。
しかし今ではその全てが塞がっている。
悠人は息が上がり、喉はひゅうひゅうと音を立てた。
疲労がひどい。
ただ、それは今まで感じたことのない疲労だ。
体の中から冷えていくような、手足が中心から重くなっていく疲労感である。
もうあまり時間は無いかもしれない。
悠人は己の体を観察しつつ戦闘を続行する。
だがその最中、悠人はとあることに気が付いた。
それはおそらく重要なことで、そしてあまりにも簡単なことだった。
<石の一撃>を発動するとき、己の体から僅かに気力が抜け落ちそれが読み込んだ情報体に吸い込まれている。
<魔視>で確認すると、魔力も同じように体の中から情報体へ移っていた。
霊力は移動していないようだが、どうやら情報体を使用するごとに、悠人の体に内包されている魔力と気力が消費されているらしい。
どうやらこれが、身体の芯から冷え込む様な疲労の正体のようである。
考えれば当たり前のことだった。
こんな強い力が、何の代償もなしに使用できるわけないではないか。
これほど簡単なことになぜ気が付かなかったのか。
言い訳はできる。
これまでは全ての敵は<石の一撃>は一撃で屠り、疲労感など感じようもなかったのだ。
だから、知らずのうちに情報体の力は無限に使えると錯覚してしまっていた。
視界がちらつく。
まずい。思ったよりこの体は限界に来ていたらしい。
よく見れば、悠人の体に内包されていた気力と魔力の濃さは、前見たときには比べ物にならない程薄くなっていた。
自分の命が尽きかけているような悪寒に襲われ、体が震えた。
こわい、こわい。
恐ろしい。
体の中で臆病な自分が怯えているのがわかる。
この恐ろしさに身を任せればどれだけ楽なのだろう。
そのまま目を閉じてしまいたいという、麻薬のような誘惑に囚われかける。
悠人は、そんな己の心理に揺り動かされると同時に、そんな心に恐れを抱いた。
それ全てを振り払うように叫びをあげる。
「ぉおおぉおぉおぉッ!!!」
――これまでの攻防で、奴の再生能力のうち分かったことがある。
奴の再生は、身体の中心に行くほど速く、末端ほど遅くなる傾向がある。
特に首元の再生が最も遅く、逆に腹に大きく開いた口の少し上が最も再生が速かった。
ならば、最も再生の遅い首元を集中的に攻撃すれば、そこから崩れる――
――いや。ならば最も再生能力の高い場所こそが、再生を司る器官がある場所なのではないのだろうか。
悠人は巨人に向かって走りながら、その瞳で腹が割れた大きな口の少し上を睨みつける。
巨人が腕を振り下ろす。
しかしそれは<気視>で事前察知し、さらに前へ踏み込むことで回避する。
巨人にあと一歩のところで触れられる位置に到達した。
そのとき、<石の一撃>を奴の腹上へ発射する。
穴の開いた肉体は、この場所ならば一瞬で塞がってしまう。
しかしその一瞬前に、悠人は自分の右腕に向かって『高速直線LvΩ』を読み込んだ。
肉体の運動を無視して突き進む右腕。
『高速直線LvΩ』と<巌の身体>が相克し、腕の筋線維と骨が悲鳴を上げる。
だがその腕は開けられた穴へ、それが閉じる一瞬前へ突き入れられた。
八方から増殖する肉に、埋め込まれた腕が歪む。
その痛みに、そしてその悍ましさを振り切る慟哭を上げる。
「ぁああぁあぁッッ!!!」
しかしその痛みを感じながらも、悠人はかすかに、だが確かに獰猛な笑みをその顔に浮かべた。
――『融解Lv8』
内側から肉が崩れる。
溶解した鉛のように融けてゆく。
肉体は即座に再生を行おうとするが、それを塗り替えるように優先的に肉が融けてゆく。
悠人の突きこまれた腕も『融解Lv8』の影響を受けた。
しかし<巌の身体>を構成するのは『防護LvΩ』であり、それの方が優先度は高い。
悠人の腕は融けなかった。
腹がでろでろに融け落ちた巨人はそれでも、その四本の巨腕を動かして悠人を捉え、握り潰そうと力を籠める。
しかし――
――『燃焼Lv5』
止めの炎が、前よりも火力を増して巨人の内側から弾ける。
猛り狂う炎はその巨体を焼き焦がし、再生能力の弱まった巨人はなすすべもなく焼かれていった。
そして、しばらくして残ったものは、大きな炭の塊と、呆然として膝をつく一人の少年だけだった。
お読みくださりありがとうございます。
今作で初めてのちゃんとした戦闘シーンでしたが、ちゃんと書けているか心配……
明日は、これまで書いた話の誤字や変な表現の修正をやりたいのでおそらく更新できません。
次の更新は明後日になると思います。