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第三話 狐獣人たちを連れて商人組合へ

 

 降りてくる気配も、攻撃してくる気配もない。周りも驚きつつ見上げているが、帝都上空を旋回し続けるドラゴンを前に、俺は『またか』といった心持ちだった。無論、あのドラゴンと以前からの面識があった訳ではない。単にいつも俺たちがいるところに、魔獣だの何だのが現れるのだ。迷惑極まりない。


「シドーさん、シドーさん」


「モイモイ、どうした?」


「あれは撃ってもいいのですか?」


 空のドラゴンを指さし、モイモイが聞いた。この世界の魔獣は人に危害を加えて、森や作物を荒らす。それは明確に害獣と同じだ。


「あれは撃ってもいい奴だ。だがまあ、ここからじゃ届かん」


 ドラゴンはそのまま北の方角へ飛んで行った。一先ずは安心となった訳だが、イルメリとウルメリが『それ見たことか』と言わんばかりに、俺の前に立ち塞がる。この状況で俺への疑いが晴れないとは恐れ入った。


「正体見たり! なのだよ!」


「この状況で疑うのか」


「シドーさん、あれですよ。獣人全般は戦時には傭兵として重宝されてましたけど、今は平時だからみっともないほど必死なんですよ。もっと言うと、冬を越せないほど極貧なので余所者のシドーさんに難癖付けて『口止め料』が欲しいのでは?」


 もうどこから突っ込めばいいのか俺には分からん。このまま四六時中、この二人に付きまとわれるのも面倒くさい。だからと言って邪険に扱えば、更なる難癖を付けられるだろう。まるで性質の悪い当たり屋である。


「なあ、ウルメリさんだっけ? 獣人って人間よりも諸々が優れてるんだよな?」


 俺に声を掛けられてビクついたウルメリが、姉の陰に隠れる。


「……五感と身体能力は上ですけど?」


 なるほど。あながち傭兵業をやっていた獣人が、探偵業に鞍替えしてしまうのは理に適ってはいるんだな。良し。いいことを思いついたぞ。こういう時は逆に考えるんだ。疑われてるのなら、逆に彼女たちを雇ってしまえばいいと。安定した金を払ってやれば、クルクルと手のひら返しをするはずだ。そうすれば、俺に対する信用も天元突破するに違いない。


「シドーさん、珍しく悪い顔してますね」


「どうせ有能なら上手く使ってやるだけよ」


 お互い小声で悪い顔をする俺とモイモイ。それを不思議そうに見るイルメリたちとドヴァだった。


 そうして場所を商業組合に移す。商業組合の老ゴブリン、ゴブドリンに会うためだ。ついでに、俺の後ろを付いて来たイルメリたちを丸め込むためだ。


「相変わらず、ハイカラな建物だな」


 和洋異折衷な建物の中に入っていく。受付嬢に取次を伝えると、奥からゴブドリンが出て来た。


「これはこれはシドー様、お久しぶりで御座いますね。さあ、奥へどうぞ。勿論ご友人方も」


 ゴブドリンに案内された俺たちは、奥の客室に入る。


「それで今回のご用件は、どのようなものですかな?」


「まずはこれを、ゴブドリンさんに見せようかと思いまして」


 古川三郎からもらった認識票を机の上に置く。置いた途端に、ゴブドリンの目から涙がこぼれ落ちた。感涙した彼は、それを手に取ると静かに泣いた。


「これを一体どこで?」


「精霊国で神熊(しんゆう)となった彼に会いました。その彼の頼みで元の世界にある実家に、認識票を返してほしいと。未だに元の世界に家族がいるような口ぶりでした」


「それでシドー様は?」


「勿論受けましたよ。元の世界に帰れば、地方のボランティアが戦中の遺物を元の家族の子孫に返すなんてことやってるでしょうし、そうでなくても探す方法は色々とあるでしょう」


 ゴブドリンが深く頭を下げた。机に額が付くほどの礼に、俺は逆に委縮してしまった。彼らは古川三郎が死んだと思っていたのだ。それが神熊になっていて、三〇〇年以上も経った今も元の世界を忘れられない彼を想ったのだろう。


「それで俺が元の世界に帰れるように、一つ二つお願いがありまして」


「何なりと」


「一つは、世界各地にある神々が集う泉の正確な座標を調べてほしいんです。精霊国の図書館じゃ、秘密主義なエルフらしく濁して書いてあったので正確な位置は分からなかったんです」


「ええ、すぐにでも伝えましょう」


「もう一つは……」


 俺の後ろに立っているイルメリたちを見た。俺に見られて首を傾げる二人だが、ゴブドリンは彼女の胸につけているバッジで察したようだった。


「もう一つは、彼女たちを雇ってほしいんです。これを機に、獣人たちを雇って大規模な探偵社なんてどうですか? 普段は各国の市場調査なんてどうです?」


 ゴブドリンが膝を叩いて笑った。


「いいですな! 実によろしい! 我々もとある団体を調査していたのですが、何分弱小のゴブリンでは出来る行動が限られておりました」


「魔食会のことですか? 昔は繋がりがあったようですけど」


「ええ、ええ。ありました。それは我々が大きくなる上で必要だっただけのこと。今は必要悪以上の悪事を彼らはしております。今朝方のドラゴン騒ぎも彼らの仕業でしょう」


 イルメリとウルメリが、ゴブドリンに詰め寄る。勝手に自身の道を決められたことに腹を立てたのではなく、とんとん拍子で事態が好転していることに困惑しているようだった。


「ちょっと待ったなのだ! 犯人はカムロ・シドーではなく、魔食会とかいう者たちであったのだ?! しかも私たちに、それの調査をさせるなど訳が分からないのだ!」


 イルメリが小声で「もう冬に飢えることはないのだ?」とか言っているから、彼女たちの境遇は推して知るべしなのだろう。


「……本当にいいのですか? ウルメリたちは、カムロさんに難癖をつけたのに」


 やっぱり難癖を付けていたんだな。こいつも姉より大人しい顔をしておいて、その実中身はえげつないらしい。全て分かっておいてあれなのだから、全部が計算づくなのだろう。おお、怖い怖い。


「カムロ様はそれでよろしいので?」


「ええ、精々こき使ってやってください。まあ、また俺に生意気言うなら考え直しますけどね」


 俺がこう言うと、イルメリとウルメリは俺の前に土下座した。身の代わりの早さに、猛烈に引く。モイモイも半笑いで引いていた。


「よろしくお願いします! なのだ!」


「……あ、姉共々よろしくお願いします!」


 ここまでやられると、俺が悪いことをしたような気になってしまう。何だか後味が悪いというか、俺が悪代官になった気分だ。ここまでの謝罪は求めていない。


「シドーさん、シドーさん」


「何だ?」


「シドーさんって子どもに土下座させる趣味でもあったんですか?」


「……ねえよ。それぐらい分かれ」


 斯くて、俺は新たに労働力を得て、元の世界に帰るための人脈を得た。しかし、上手く行っているようで、心の底ではまだ何かあるのではと考えてしまうのは、非常識な異世界に慣れてしまったからなのだろう。それでも、今は心の中で明るく笑っておこうか。


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