第四五話 神熊との対話
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「オボボボッ!?」
白い大熊に上半身を咥えられ、抵抗することもできない。生暖かく、獣臭い目に遭うのはこれで二度目。
キセーラの「止めろモイモイ! シドーに当たる!」の大声や、エルフたちの声もどんどん遠くなる中、俺は一旦思考停止して流れに身を任せた。
やがて誰の声も聞こえなくなり、幾度かの浮遊感と着地の振動を経て、俺は放り投げられた。
「グヘッ!? ちくしょう、何だよ!?」
周りは綺麗な泉がある、美しい場所だった。熊の涎に塗れた俺は場違いだろう。
「すんもはん、貴方が鹿室志道と知ってあてん頼みを聞いて欲しかったとじゃ」
大きな白熊から発せられる薩摩弁。同じ日本語とは思えないほど、俺には分かりかねた。しかし、目の前の白熊は俺と似た何かを感じた。
「それで、俺を攫って何をしようってんです?」
「貴方が日本人だと知っちょっる。じゃっで、わざわざ来た」
日本人という単語は理解できた。
そういえば、古川三郎も九州の人だった。人間が神様のようになるなど、あり得ないと思っているが、ここは異世界。常識が通用しない世界なのだ。古川三郎が、なんかの拍子に真に神様となっていもおかしくはない。
「もしかして、古川三郎さんだったり?」
古川三郎らしき白熊は、目を見開き驚いていた。
「ないごて、そよ知っちょっる?」
俺は背中のバックパックから古川三郎の手記の写しを取り出した。
「これを見たんです。九州の人だとは、これまでの旅の中でも気づけるほど情報がありましたし、これにも書かれていたので」
「ああ、子鬼たちが懇願しちょったものか。せからしかで、そよ許したが、こんよなとこいで役に立っとは思いもせんかった」
古川三郎が、熊首を何度も上下して納得していた。
俺としては、本当に大きな白熊が古川三郎だとは思いたくなかった。人間である彼が、人外な見た目になっている事実が、俺と無関係ではないと思えたからだ。
「……それで、頼みとは? 俺も元の世界に帰りたいので、俺の方こそ頼みたい気分なんですが」
「頼みごとはこれなとじゃっどん」
古川三郎が、そういうと俺の前に認識票を落とした。
錆びついたそれを拾う。 縦四,八センチ、横三、五センチの真鍮製の札だ。古川三郎の刻印がある。
「貴方は祖国に帰ろうとしちょっと聞いた。じゃっで、これを私の実家に届けてほし。どうか、よろしくお願いしもす」
その言葉を聞いた途端に、俺の手に収まっている認識票を重たく感じた。
「俺も一つ聞いてもいいですか?」
「なんでも聞いてたもし」
「何故、そのような姿になったのですか? この世界に来てから一六年後に死んだのでは?」
「そや子鬼たちがそんようにしただけ。事実ちゃ貴方が見ちょっまま」
ゴブリンたちは、今までの交流で少なからず隠し事をする者たちであるとは分かっていた。だが、それは古川三郎のことまでとは……。
「ゴブリンたちは知っていたんですか?」
「いや、したんはず。こん姿になる二年前に姿を消したでな」
古川三郎が溜息をつく。
「見事て熊を食もった。そいが理由」
美しい熊を食べたから。それが古川三郎が語った理由だった。それが本当なら、神様を食べた者はやがて姿を変える。食べたものと同じ姿になるということだ。
なら、俺はどうなる?
「俺も神様を食べたのですが……」
「神鹿んこっか? おいとはちごっで分からん」
分からないと言われても困る。俺自身が鹿になるなど願い下げだ。
「大いなる獣。おいはそいを調べちょった。神様もそいを望んどった。おいはそう思う」
今考えるべきことは、大いなる獣をどうするべきか、なのだろうか?
だとしても、なぜ俺を頼る? 同じ日本人だからか? 似たような目に遭っているからか?
「それと聞こごたっこっがある。日本はどうなった? 負けたか?」
「ええ、負けましたよ」
古川三郎の首が垂れる。残念がっているようだった。
古川三郎さんの認識票……。持って帰ってあげたいが、俺が戻れるのかが分からない。
「俺も本当に帰れるのか分からないんです。ですが、俺がもしも帰れるのであれば、その時は探し出してご遺族の方々に届けます」
「あいがと! あいがと!! ……もう思い残すこちゃなか」
そう言い残して、古川三郎は霧のように姿を消した。分かったこともあったが、謎も残ってしまった。そして、俺一人取り残されたここは、どこなのだろうか?
……ああ、涙が出てくる。最悪だ。




