第四三話 精霊国の大図書館
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「ここが近道だ」
キセーラが近道だと示したものは、大きな滝だった。とても通れるような道ではない。
「どうやって通るんだ?」
「こうやるんだ」
キセーラが右手を掲げる。国境を越える前に、彼女によって魔法を施された俺の右手の甲が強く光った。ラハヤやモイモイの右手の甲も同様に光っている。
滝が左右に割れ、滝つぼが急速に枯れ、道が現れる。そうして滝つぼ奥の巨大な岩が露わになった。これが隠された近道なのだろう。
精霊国の大規模な魔法を、荷台から見ていたラハヤとモイモイが目を丸くしている。俺も信じがたい物を見た気分だった。エルフと言うのは、何重にも国を守るためのセキュリティを持っているようだ。
「なあ、この国は何重に守られてるんだ?」
「それは秘密だ。さあ、あの岩まで行こう」
馬車を道なりに進ませると、巨大な岩の表面が波打った。
隠された坑道めいた道を馬車で進む。青や緑に発光する水晶のおかげで、暗闇に惑うことはない。そのまま十数分走らせて出口に到達した。
精霊国の首都アルブスは、切り立った崖や険しい山、大きな滝に囲まれた壮観で巨大な都市だった。それまで見て来たエルフの森そのままの都市とは違う。道や縦横に巡らされた水路は良く整備され、白い家々が夕日を反射し輝いている。
「こいつはやばいな。言葉がない」
「これがエルフの首都なのですねぇ~。いやはや、神が集う国の別名に相応しい」
「そうだ。ねえ、キセーラさん。ここへ来たのは調べるためと、もう一つ、秋の祭りを見ることも目的だったよね。もしかして、もう終わっちゃってる?」
「在神祭は今日で三日目のはずだ。私が皆に見せたいのは、最終日の五日目にあるんだ」
「五日目に何があるんだ?」
「神々を模した大きな造り物と、他種族の仮装をしたエルフたちが市内を練り歩く。この世界と、その成り立ちを表現した催し物だが、神様が見物に来るとも言われている」
「なら、明日は調べものに当てるか?」
「そうだな。効率良く動くならそれがいいだろう」
馬車を宿屋の下男に任せ、俺たちは夕食を摂って今日のところは旅の疲れを癒すことにした。
そして、翌日の朝方。
祭りで活気づく市内を歩き、大図書館を目指す。
高くそびえ立つ円形の大きな建物が見えてきた。あれが、俺たちが目指していた大図書館だ。石造りで真っ白い建物は大層立派で、俺も使える情報が得られそうだと期待した。
中に入ると、また圧巻だった。
何百万、何千万もの本という本が、下から上までずらっと並べられている。これほどの図書館は見たことがない。
キセーラが赤絨毯の上を足早に歩くと、司書らしき女エルフと何やら会話し、またこちらに戻ってきた。
「シドーとラハヤの見たい本のことは話した。声を掛けてくれれば、選んでくれるそうだ」
「ああ、ありがとう。正直、あれが全部活字だと思うと、頭が痛くなってきたところだ」
「うん。ちょっと酔ってきたかも……」
「もしかしてラハヤさん、お酒飲んだ?」
「飲んでないよ」
目を逸らすラハヤから、微かに葡萄酒の匂いがした。ここに来る途中に、いつの間にか屋台でもらったのだろう。
「ほっほすふぉいでふね(本当にすごいですね)」
口いっぱいに焼き菓子を頬張るモイモイに、キセーラも呆れた様子だった。
「お前は飲み込んでからしゃべりやがれ」
「しょうがないじゃないですか。エルフの料理は虫が入ってなければ、全て美味しいのですから」
「食べながら見るのは厳禁だぞ。司書のマルグリードが血相を変えて怒るからな」
向こうからこちらを見ている司書の眼光が、既に鋭さを増しているのは気のせいではなかったらしい。
俺たちは司書のマルグリードに見たい本を伝えると、静かに椅子に座った。
「こちらがカムロ様ご希望の神器についての本と、この世界の狩猟の神についての本です」
「どうも」
分厚い本を二冊渡され、埃とインクの匂いに鼻がむずむずした。
「こちらがロクサさんがご希望の、大いなる獣についての本です。失礼ですが、貴女は何故このような本を?」
「えっと、呪われてるから?」
「ラハヤには、左の内股の股間のすぐ下に七芒星の紋章があるんだ。マルグリードも何か心当たりがあるか?」
「七芒星……? 神聖娼婦のババロンでしょうか? 緋色の女とも呼ばれますが」
それを聞いたラハヤが困ったような、怒ったような何とも言えない顔をした。知らない人にラハヤが娼婦呼ばわりされるのは、男の俺が聞いても腹が立つ。
「ラハヤ、ちょっと魂を覗き見てもいいか?」
「うん? どうぞ」
その瞬間、キセーラが驚愕した。
「ラハヤの魂が二重に見える。美しい青い魂とは別に、黒い魂が僅かに重なって見えた」
「それを治すにはどうすればいいのですか? えっと、マルグリードさんでしたっけ」
モイモイがマルグリードに訊ねる。
俺には何が何やら理解が追い付かなかった。
「その本には、抗うためには魔獣を寄せ付けないことと、大いなる獣が現れた時、代わりとなる男性に狩らせることが解決策として書かれてあります」
「マルグリード。お前は全ての本の内容を覚えているはずだ。このまま大いなる獣が現れない場合と、天寿を全うする場合はどうなる?」
「現れなかった場合は、そのままです。選ばれた女性が天寿を全うするか、死亡した場合は別の女性が選ばれます。ですが、男性と交わったり、魔獣の背に乗ってしまえば一気に覚醒してしまいます。まあ、後者は本当かどうかは怪しいのですけど」
「男と交わるだと? なあ、シドー」
「なんだ?」
「ラハヤとはやったか?」
「おい、キセーラ。それは俺に喧嘩を売ってるのか?」
まだまだ童貞だよ、このやろう……!!
「まあ、つまりはあれだ。俺が大いなる獣とやらを狩ればいいんだろ? ラハヤさんは、勝手に選ばれた犠牲者みたいなもの。そんな認識で合ってるよな?」
「ええ、そうです。ですが……」
「それなら、ラハヤさんはいつも通りでいい訳だ。もし来たって俺たちが何とかするから、何も怖がる必要はない」
「うん。また迷惑かけちゃうかもだけど……」
「大切な親友を守ることこそ、我がマイトパルタの家風!! ラハヤは大船に乗った気持ちでいてください!! それに、大いなる獣と言うのですから、私の大いなる最大限の火焔魔法をぶっ放しても誰も文句を言わないでしょう!! 言わば大いなる勝負!! 迷惑どころか楽しみですよ!!」
キラッキラッした目で高らかに宣言して見せたモイモイは、大いなる獣を合法に燃やせる都合のいい敵にしか思っていないようだった。
まあ、俺も大いなる獣とやらを傍迷惑な害獣と思っている。
ラハヤの調べものはすぐに終わったが、それ以上の問題は俺の方だ。神鯨からもらった神器の鹿呼笛は、俺が思うに鹿笛のはずだが、これが鳴らないのだ。
今まで人知れず鳴らそうと吹いたが、空気の抜ける音がするだけで箸置きぐらいにしかならなかった。
神器についての本に、俺の持つ鹿呼笛の項目があった。
どうやら神々が集う泉でしか鳴らないらしい。しかも、その泉は大陸中にあるそうだ。少なくとも、すぐに探し出せるようなものじゃない。ラハヤと違って、俺のは明確な解決策がない。本当に困った。
神様についての記述はこう書いてあった。
神鹿は気に入った者に身を捧げ、その者を亜人として昇華させる。その亜人には、数々の試練が降りかかる。そして一度死んだ神鹿は、一年で復活し大陸中の森を彷徨い歩く。
「……結局神様に会えるの早くても来年じゃねえか!!」
ちくしょう、俺だけいつもこうだ。ちくしょうめ。
けれども、ラハヤに掛けられた呪いの解決方法が、明確に分かったのは大きな前進だ。




