第四二話 首都に行く前の
次の日は日が昇る頃に出立し、首都へ続く山道を進む。馬車を御しながら見える景色が、首都に近づくにつれて、左手側に延々横に続く大きな滝が流れる神秘的な景色へと変わっていた。
「キセーラ、このまま道なりでいいのか?」
「進んだ先に岩山をくり貫いた隧道がある。そこを通った先に小さな衛星都市があるから、昼はここでいったん休憩できる。後は近道を通って夕方頃には首都に到着だ」
「あれがその隧道か。まあ、トンネルだな」
暗いトンネルの両壁には、ランタンが等間隔で掛けられてた。そんな淡い光の中に、馬車を進ませる。
埃っぽい匂いだが、苔っぽくもある。そんな匂いが立ち込めるトンネルを進んでいると、荷台からモイモイが「シドーさん、小腹が空いたので乾パンを食べてもいいですか?」と聞いてきた。
「乾パン? 食べてもいいけど舌を噛むなよ」
「この中暗いですね。……おお、なにやら柔らかいものが」
「んっ。モイモイさん、そこじゃないよ」
「おっと失礼しました」
後ろの荷台のやり取りに興味が湧くが、今は馬車を御すのに集中しよう。
「シドー、出口が見えてきたぞ」
トンネルの出口に光が差し込んでいる。出口は近い。トンネルを抜けると、そこは毛玉のような妖精ケサランパサランがフワフワと飛ぶ林道だった。周りの木も大木が多く、苔生した岩や、秋の花々が咲き、小さな滝も木々の合間から見え、馬車を停めて眺めていたいほど美しい。どこを切り取っても絵になるだろう。
特に俺の目を一瞬だけ奪って見せたのは、ケイトウのような鮮やかな花だった。
「シドーは花も好きなのか?」
「好きっていうか、俺の働いてた牧場は観光客向けに花畑も作ってたんだ。もちろん季節ごとの花を植えてたし、ケイトウも植えてたんだよ」
「そうか。なら、屋敷に戻ったら花畑も整備しよう」
「屋敷の花畑なら、ニーカの手によって香草やら野菜やらの菜園になってるぞ」
「むむ、あの守銭奴兎め……」
美しい景色の中を、俺たちを乗せた馬車は進む。御しながら今まで見たことない景色を眺められるのだから、この御者席は特等席なのだ。
「シドーは随分とご機嫌だな」
「やっぱあれだな。旅ってのは楽しいな。こんな綺麗な景色が拝めるんだ」
「そこまで気に入ってくれるとは、精霊国に住む者として私は嬉しいよ」
横目でちらと見たキセーラの顔は、今まで見たことないほど優しい笑みを浮かべていた。
昼頃に森と木の柵に囲まれた小さい都市が見えた。後十分もしたら到着するだろう。
「あれが、首都アルブスの衛星都市の一つだ。規模は小さいが、あれでも首都への近道を守る都市なんだ」
「見た感じ村とそう変わらんな」
「それは擬態という奴だ。近道は環境利用魔法の結界で守られている。敵からしたら重要度の低い村が、首都への近道を守っているとは考えない。まあ、戦争なんてものは、今後数百年は起きないだろうがな」
首都の衛星都市に入り、小休憩と昼食をとることにした。
馬車を停めてエルフの下男に馬を任せ、俺たちは料理屋に入る。
店内は木の香りが漂う落ち着いた雰囲気で、昼食を摂っているエルフたちも多い。ただ、俺たちが入るやエルフたちが珍しがる。それらがキセーラを見ると、納得し食事を再会するのだから、排他的なエルフの性質と、ハイエルフに絶対的な信頼を持っていることをいっぺんに味わった気分だった。
俺たちが席に座り、緑髪のウッドエルフが注文を取りに来る。今までひっくるめてエルフと言っていた俺だが、今では細かい識別もできていた。そんな自分が素直に誇らしい。
「シドー・カムロ様の御一行で御座いますね。ご注文をお伺いいたします」
「え、ああ、はい、カムロです。えっと……」
アランドが、俺たちがここを通ると伝えていたのだろう。メニュー表を見る。虫料理やらキノコ料理やら、野草料理、ジビエ料理があるらしい。
ラハヤたちが鹿のコースを頼むので、俺もそれにしたのだが……。
「こちらが前菜で御座います」
前菜と称され出されたのが、俺だけ昆虫料理だった。
見た目は甲虫の幼虫に似ている。俺は食べられるとは言ったが、好物とは言っていない。きっとアランドが勘違いをして要らぬ気を回したのだ。
俺のクラッカーと果物の上に乗った幼虫を見て、ラハヤたちは青ざめている。
「おい、そこの給仕! シドーに嫌がらせとは――」
「まあ、いいや、食べよ」
俺がそれを口に運び、ラハヤたちがぎょっとする。モイモイの奴も口に入れた野菜をポロっと落とすほどに驚愕していた。
まあ、味はいい。見た目が悪いだけで、ナッツの味と甘みも微かにする。
「シドーさんが、虫を食べちゃいました!?」
「お兄さん大丈夫!?」
「普通に喰えるけど、やっぱ訓練で蛇やら虫やら喰ったの思い出すな」
レンジャー訓練の一環で喰わざるを得ない状況に追い込まれた。というのが正しい。あれは本当に地獄だった。山中で朦朧とする中、軽い気持ちで受けたことを心底後悔した。結果は受かったが、その後が不味かった。
それは当時、クルド人及び新興武装勢力との紛争で政情不安定になった中東某国へ海外派遣することになり、第五旅団隷下の第六普通科連隊から八〇余名が選ばれたのが理由である。
その時は俺が含まれたことを喜んだが、結果は俺がやらかすことになってしまったのだ。神様はどうも俺をイジメたいらしい。
「シドーさんってどんな訓練を受けていたのですか?」
「……クーも食べるか? ほら」
モイモイの質問をスルーして、クーにも食べさせた。バクバク喰いついているので、魔狼にとっても美味しいのだろう。
「シドーは精霊国でも普通にやって行けそうだな」
キセーラが感心しているが、その後に振る舞われた鹿の煮込みやスープの方が断然美味かった。やっぱり、昆虫は食べればするが好き好んで食べたいとは思わない。
俺たちは食事を終え、首都に向かって再び馬車を走らせた。




