第四一話 旅半ばの休息
グリフォン討伐から二日後、俺たちは精霊国の首都へ向けて出立した。目的地の半ばで、魔獣騒ぎに遭遇するとは、この世界の神様は俺を便利屋と勘違いしているらしい。こうも面倒事が続くのであれば、神様に出会った時の第一声は愚痴になりそうだ。
「じゃあ、僕たちはこっちの道なので! カムロさんお元気で! 僕も頑張りますから!!」
ハマノパの背に跨ったスヴィタナが、こちらに手を振る。その彼女の後ろには、笑みを崩さないユーマラがいた。その彼女の目の奥はぎらついている。新しい遊び相手だから嬉しいのだろう。ボッチだったスヴィタナも、初めての友人が出来て嬉しそうだ。
「ハッピ―エンドだな。うん」
馬車を御しながらそう思う、ことにした。精神衛生上、深く彼女の行く末を案じてしまうと、白百合咲き乱れる淫界に飲み込まれてしまう。
「ユーマライヤは、好みの女がいれば見境がないからな。しかも執念深い。スヴィタナのような弱々しくてほっとけない性格の女は、神聖処女隊の中にもいなかった。そこが気に入ったのだろう。隊の奴らも気に入るはずだ」
俺の横に座るキセーラが、頼んでもいないのにユーマラの性癖を解説してくれた。俺は一刻も早く忘れてしまいたいのに。
「……まあ、深く考えるのはよそう」
「そうだな。それがいい。少しばかり過剰な触れ合いに晒されるだけだ。うん、問題ないな」
「ああ、ちくしょう……。純真無垢な子を頭ん中ピンクの群れに放り込んじまった……」
スヴィタナさん、本当に申し訳ない。今度再会した時は深く聞かないことにするよ。
「さあ、速度出すぞ。ラハヤさんも、モイモイもしっかり捕まってくれ」
「うん。分かった」
「ラハヤ、お尻に座布団ひきましょう」
「ふむ。私はシドーに捕まるとしようか」
キセーラが腕にしがみ付く。
「お前は俺に捕まるんじゃねえ。御し辛いだろうが」
「じょ、冗談だ。冗談だから、モイモイも杖を構えるのを止めてくれ」
モイモイが荷台から魔杖を構え、キセーラがおずおず引き下がった。
スピードを上げて、首都に繋がる道を進む。ぐんぐんと流れる色彩豊かな秋の景色の中、魔獣騒ぎで遅れた分を取り戻そうと急いだ。
丁度山道に差し掛かる手前まで来た。夕方が近いので、今日はここで野営する。皆を馬車から降ろし、野営の準備をいつも通り始めた。何度も繰り返しやって来た野営も、今では手慣れたものだ。
「ならば、私は馬の手入れをしよう」
「あそこに小川があるので、クーと一緒に水を汲んできます」
「私は火でも起こそうか」
「俺はテントでも張るか。それと馬車の点検だな」
テントを設営し、馬車の軸が損傷してないか確認する。モイモイが水汲みから戻り、ラハヤが夕食の準備を始めた。
スヴィタナにもらった穴熊を解体して料理しているようだ。元の世界と違い、頭に二本の触覚のような長い毛を持っているが、見た目は俺の知る穴熊そっくりだった。この時期なら甘い脂が全身に乗り、市販の肉なんかよりも断然美味いのが穴熊だ。ラハヤの横に立ち、どう料理するのか見させてもらうとする。
「お兄さん、どうしたの?」
「ラハヤさんがどう料理するのかなって」
「あはは。……うーん。油煮と半身を巻いてじっくり焼いて、あばら肉は削ぎ落してつみれにして汁物に、かな?」
ラハヤがしゃべりながら、包丁で切り込みを入れ穴熊を抜皮する。全身に分厚い脂が乗り真っ白な穴熊は、見ているだけでも美味しいと分かる。この時期の穴熊の脂と赤身の対比と言ったら、それは七対三とか、八対二とか言われるほどだ。何度も食べたことがある俺としては、秋の穴熊に勝る獲物はないと思っている。
ちなみに俺は本州の猟師から頂いたことがあるが、自分で獲ったことがない。北海道に生息していないからだ。なので猪と一緒で、もらうか店に行って食べるしかないのである。
それにしても、ラハヤの穴熊を解体する速度が速い。ものの十数分で全て枝肉にしてしまった。俺なら倍の時間は掛かる。
炒めて溶かした穴熊の油で浸し、低温でじっくりと火を通しコンフィに。半身に香辛料を振り、丸めて紐で締めてローストにし、あばら肉は削ぎ落してつみれにする。穴熊の骨で出汁を取り、キノコと野草と穴熊のつみれを入れる。手早く料理する様は、見ていて惚れ惚れするほどだ。
「穴熊は捨てるとこがないからね。全部美味しく頂きます」
「ラハヤさんの旦那になる人は幸せだな」
ラハヤの料理する動きが一瞬止まった。
「う、うん。そうかな?」
「そうだよ」
「そっか」
何やらぎこちない会話になったが、三時間ほど掛けて調理の工程が全て終わった。地平線に沈みゆく美しい夕日をバックに、焚火を囲んで食べる。
「あんな可愛い姿をしているのに、こんなにも美味しいなんて。脂が甘いです。牛よりも美味しいのでは?」
モイモイが食べた途端、目を輝かせた。この時代の家畜の牛は、おそらく技術が進歩していないので臭みがあるのだ。そう考えると美味い獲物を狩って食べるのが、一番の贅沢になるのだろう。
「穴熊は赤身に旨味があって、脂は上品な甘みがあるからな。特に秋冬の穴熊は美味い」
「お兄さん、気に入ってくれた?」
「それはもちろん。ラハヤさんの作る料理はいつも美味しいよ」
「そっか。それは良かった」
俺に微笑み掛けるラハヤに、俺は優しい気持ちになる。
「シドー、次は私が作ろう。絶対に舌鼓を打たせて見せる」
「変なものを仕込むんじゃないだろうな? 媚薬とか」
「な!? この状況で変なものを仕込もうと思う訳がないだろう!! 失敬な!!」
「前科者はこれだから……」
モイモイが肩をすくめて、溜息をつく。その仕草に怒ったキセーラが批難を浴びせた。
「失礼な奴め! 私だって成長しているんだぞ!!」
「っふふふ」
「ラハヤさん、今笑った?」
「いやぁ、皆で食事は楽しいなって。長く続くといいよね。こんな生活がさ」
「……そうだな。俺もそう思うよ」
明日の夕方頃には精霊国の首都に着く。そこにある大図書館で、俺やラハヤに掛けられた呪いを調べることが出来るはずだ。それはきっと目的に向けて大きく前進するに違いない。




