第三四話 エルフの山で忍び猟 その3
日の出と共に起きた俺は猟の準備をしていた。
今日の収穫目標である精霊国のヘラジカは、ここより標高の高い場所にいる。そこは若干開けており、綺麗な泉があるからすぐ分かるとエルフの職員は言っていた。
問題は日々下がりつつある気温だ。標高が高いとなるとそれだけ気温も下がる。肝心の俺は防寒対策として紺色の和服の上に、カーキ色のコートを着ている。無論、ラハヤたちも厚着を始めて肌の露出はない。
「お兄さん、入っていい?」
扉を隔ててラハヤの声が聞こえた。
「ラハヤさん、どうしたの?」
「今日は距離を歩くんでしょ? 下手したら野営する距離だって聞いたからさ」
ラハヤが小袋を前に出す。それを受け取り中を覗くと、中身は手作りのクッキーのような乾パンだった。それが八個入っている。
「乾パン?」
「市販のよりは腹持ちがいいかなって作ったんだ」
「それって夜明けから?」
「うん」
ちょっとだけ照れて見せるラハヤに、俺は感慨深く嬉しい気持ちになってしまった。寝る間を惜しんでまで世話をしてくれる彼女に、俺は自然と笑んでいた。
「その、ありがとう。昼になったら食べるよ」
「うん。それとさ」
俯きながら手を遊ばせているラハヤの頬が少しだけ赤くなる。
「少しだけ寂しかったのは、お兄さんだけじゃないんだよって」
「……うん? ごめん、今なんて?」
ラハヤらしからぬ言葉に、思わず聞き返した。
それを不服に思ったらしい。ラハヤが「……もう言わない」とそっぽを向く。これはやらかしてしまった。
「……まあ、気を付けてさっさと片付けて来ちゃってよ。ほら、早く」
文字通りラハヤに背中を押される形で、この日の猟が始まった。
出来れば残りの二頭を狩ってしまいたい。そう思いながら、クーと一緒に森を足早に進み、急いで山を登る。ここら辺の鹿は今回は対象外なので、速度重視で行くのだ。
背中のバックパックの中身は野営用のフル装備で、その上には簡易寝具が丸めてある。なので、いつもより重量が嵩んでいる。陸自時代のフル装備での行軍訓練よりかは楽だが、重いものは重い。
精霊国のヘラジカがいる場所までは距離があるのに、ユーマラが日帰りで獲って帰って来たということは、転移魔法で猟場まで飛んで行ったのだろう。こちらは魔法が使えないというのに随分とせこい。
「昨日の急傾斜前まで来たな」
今回はこの道を行って短縮する。所々で四つん這いになりながらも登って行き、小さい丘を越えた。目的地までの道のりはまだまだ遠い。
ナッツと干し肉を頬張り、皮の水筒から水を飲む。そうして簡単な食事を済まして、先へ上へと進んだ。
ふと振り返ると、遠方に見える美しい三色の秋景色に足を止めそうになる。だが、今はぐっと堪えて進み続ける。
ラハヤに『さっさと片付けて来て』と言われたのだから、俺もそれにはなるべく答えたい。
木を叩く音が『カッカッカッカッカッカ』と聞こえ顔を上げる。木の枝に留まっている紺色のオウムが、足に持った小枝で木の枝を叩いていた。
変な鳥だ。警戒でもしているのだろうか?
『ピャァーーーー!!! ピャァーーーー!!!』
空から鷹のような鷲のような鳴き声が二度聞こえた。空を見上げるが、既に声の主はいないようだ。
鷹か鷲か……。
さらに上へと歩いて登る。そうして目的地まで進むこと数時間経ち、時刻は昼頃となった。目的地までの距離は残り四分の一ほど。着く頃には昼下がりとなっているだろう。
ラハヤからもらった乾パンを食べる。胡桃の風味と、微かに渋いどんぐりの風味がした。
幼少時代に祖父に連れられて秋の山に入った時、ミズナラのどんぐりを拾って帰り煎って食べたことがある。余りの渋さに吐き出したが、それを祖父は笑って見ていた。そんな昔のことを思い起こさせるような懐かしい味だった。
「良し、そろそろ行くか」
すり寄るクーの頭を撫でてから立ち上がる。
ここから先はゆっくりと向かう。精霊国のヘラジカがどんなものか分からないが、念のためだ。折角ラハヤが朝早く起きて精魂込めてくれたというのに、俺が失敗したとなると合す顔がない。仲間の苦労に報いるのも俺の務め。
ゆっくりと静かに進み、目的地に到着した。
時刻は夕方前。眼前に広がるのは綺麗な泉と、それを囲う美しい花や色づいた木々だった。ふと、神鯨にもらった神器の鹿呼笛のことを思い出す。
だが、今は忍び猟。コール猟ではない。そもそも鹿の種類によって鳴き声は変わるので、今使うのは不適当だろう。神様が来るのかも分からないし、考える意味がないので思考を中断する。
辺りを見回す。精霊国のヘラジカの姿は見当たらない。早々流しそうめんのようにつるっと解決とは行かないらしい。
こうなると身を隠せる場所まで行って、遠くから待つしかない。
近くの岩まで歩いて身を隠す。
十数分ほど息を潜めていると、大きな鹿の群れが森から降りて来た。牡鹿が一頭に牝鹿が四頭。何かに気を取られているようで、こちらに気づく様子はない。
牡鹿の大きさは二メートルを少し超えている。角もやはりヘラジカのようだ。距離は恐らく一〇〇メートルから一五〇メートルぐらいだと思うが、大きな角のせいで良く分からなくなる。近くの牝鹿が普通より小さいサイズなのも相まって、遠近感というものがおかしく感じるのだ。
クーが俺の顔をべろんべろん舐める。裏に回って追い立てようかと言っているようだ。
「静かに裏から回れるか?」
俺の問いにクーは静かに森の中に入って行った。行動で示す動物らしい。
クーが裏に回り込んでいる間、ボルトを操作し猟銃に実包を三発装填する。弾倉に二発、薬室に一発。クーの働きは無駄に出来ない。
数分後、クーの遠吠えの後、鹿たちの裏に回り込んで疾駆するクーの姿が見えた。
鹿が俺に向かって逃げる。
すかさず牡鹿の首より少し下を狙って撃つ。
ズバァーン!!
飛翔する弾丸は首を貫いた。
小さくガッツポーズすると、急いで回収に向かう。ところが……
「ピャァーーーー!!! ピャァーーーー!!!」
また空から鷹のような鷲のような鳴き声が二度聞こえた。
そして、大きな影が見えた。下半身は獅子、上半身は鷲のような大きな影だ。
「なんだぁ……?」
日をバックにした巨影の主は、急降下し土煙が巻き起こった。落葉も舞い上がり、魔獣の姿を少しの間掻き消した。
「ごっほっぉ!? うおっほっ!?」
煙を吸い込んで咽かえり、涙目になりながらも対象を見る。そいつは俺とクーが苦労して仕留めた牡鹿を前足で持っていた。魔獣だ。
「ピャァーーーー!!! ピャァーーーー!!!」
「こんのっ!!」
ズバァーン!!
威嚇射撃一発。クーも魔獣の鷲首の噛みつこうとするが、体格差もあって簡単には行かない。それどころか、大きな翼から巻き起こされる突風で吹き飛ばされた。
「キャイン!」
「くそっ!!」
ボルトを操作する。だが異変があった。『ジャリ』とボルトと銃身の間で音がした。細かい砂を噛んでいたのだ。これでは動作不良を起こしかねない。猟銃はこれ一丁だけという心理が、撃とうとするのを止めさせた。
「最悪だよ! ちくしょう!!」
脱包し、猟銃を担ぎ直す。怯えるクーに駆け寄り、その最中でユーマラの声がした。
「何やってるんですかぁ~!!」
彼女が矢を射かける。それが尽く魔獣が纏う風で弾かれている。
「あんたこそ何やってるんだ!!」
逃げようとしない彼女に苛立った俺は、彼女の方に向けて走った。
「そう言われても~!!」
魔獣が飛び立つと、低く滑空し鋭い爪でユーマラを襲う。
小さい悲鳴共に、華奢な体が宙を舞う。
俺は咄嗟に飛んだ。空中で彼女を抱きかかえ、崖下へ真っ逆さまに落ちる。




