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第七話 猪狩りリベンジ 前編


 このモイモイという少女は、絡んで来た他の冒険者を半殺しにしたあげくボヤ騒ぎを起こして出禁になったらしい。十割方厄介者だが、一般的な魔導士の倍の攻撃魔法を撃てるらしく、彼女にしか使えない便利な道具も持っていた。凡人代表の俺には攻撃魔法とやらの理解が追い付かんが、つまりは自称天才だそうだ。


 そんな狩猟初心者な自称天才を同行させての、猪狩りリベンジにて。時刻は次の日の朝である。


「地面にまずはこう円を描きます。それで魔法陣を描いて、こいつをばら撒いて魔油を垂らすと……」


 モイモイはなにやら役に立つからと言って、けったいな魔法陣を描き始めた。俺は頭の逝かれた変人を見る目でそれを眺める。


 ばら撒いていたのは狼の骨。俺の目には暗黒魔術をしているようにしか見えない。または邪神降臨の儀式。


「我がモイモイの名において受肉せよ!」

 

 モイモイがオカルト研究会のように唱えると、魔法陣に青い火が灯った。獣の骨が煙に包まれて、青い毛並みの美しい狼に変化する。大きさは大型犬より二回りほど大きい。見事なイリュージョンだ。君ならユリゲラーも越えられるよ。


 なんだか驚かなくなってきたな。


 だんだんと摩訶不思議な出来事に慣れてきた己が、妙に頼もしく感じる今日この頃だ。数か月後にはどうなることやら。鏡に向かって暗黒微笑(ダークネススマイリング)でも浮かべるようになるのだろうか。乾いた笑いが出る。


「で、こいつはなんなんだ?」


「魔狼フェンリルヴォルフですよ。名前はそうですね……クーにしましょう」


 清涼飲料水めいた名前になった。


「お兄さんも、これならモイモイさんを連れて行ってもいいって思うでしょ?」


「まあ、確かにそうだな」


 ラハヤの言う通り猟犬がいた方が便利だが、狼は猟犬に成り得るのだろうか。


「で? どれぐらい賢いんだ?」


「そんじょそこらの駄犬よりは賢いです」


「視覚と嗅覚も他の猟犬より優れてるはずだよ」


 モイモイとラハヤが自信満々に説明する。どうやら猟犬としては満点のようだ。


 それに賢いのであれば、俺が調教して魔狼だけ連れて行くのもいいだろう。モイモイとは、さようならだ。


 いや、流石に鬼畜が過ぎるか。


 しゃがんでクーの頭でも撫でてやろうかと、手を差し伸べる。するとこいつは「フー」と溜息をつきながら前足を俺の顔面に置きぐりぐりした。どうやらこいつとは仲良くなれなさそうだ。畜生の分際でこのやろう。


「召喚獣は召喚者にしか懐きませんよ。普通は、ですけど」


「そういうものか」

 

 猪の痕跡を探しながら山を登り、見つけた足跡をたどって数分後クーが遠吠えのように吠え始めた。クーが突然走り出す。猪の「フガ! フガ!」と声が聞こえたと思ったら「キャイン!」と一鳴きした。十中八九最後に聞こえたのはクーの悲鳴だ。


 あれ? やられてね?


「はうあ!」


 モイモイがうずくまる。どうやら召喚獣のダメージは召喚者に返ってくるらしい。


 あれ? こいつらつかえなくね?


 飼い犬があれなら、飼い主もあれだということだろう。


「モイモイさん大丈夫?」


「どうやらクーが返り討ちに遭ったようですね。ていうか、猪って強いんですね。初めて知りました」


 ふらふらと立ち上がるモイモイに、俺は嫌な予感がした。こいつに対しての嫌な予感ではない。猪の(いなな)きが段々と大きくなって聞こえるのだ。


 俺は猟銃のボルトを操作して流れるようにチャンバーを開け実包を五発、薬室内に一発装填した。


 前回の失敗はこの世界の猪を侮って、一番硬いであろう頭を狙ってしまったことだ。


 だがしかし、今度は違う。慢心はない。確実に背中にぶち当てて背骨を破壊し運動機能を奪って見せる。


「俺がやる。二人はどこか後ろに隠れてくれ」


 森の奥から乱立する木々の合間を抜けて奴が来た。全長二メートル近い大猪だ。重さはこれまた一〇〇キロを余裕で超えているのだろう。前回は尻を掘られる後れを取ったが今回はそうはいかない。


 俺は立射で構えてスコープを覗く。倍率は一.五倍にしてある。


 猛烈に迫る大猪の背中を狙い、引き金に指を掛けて引いた瞬間――クーが大猪に噛みついた。どこからともなく突然と。


 ちょ! おま!


 俺の猟銃は引き金を軽くしてある。なので指を掛けたら少し引いただけで発砲してしまうのだ。賽は投げられてしまった。撃った弾丸チャンバーに戻らず。


 ズバァン!!


「キャイン!!」射線を塞いだクーの腹に着弾して転がり「ほぅあ!!」とモイモイが腹を抑えてひっくり返る。


「モイモイさん!」ラハヤがモイモイを回収。


 後ろの惨状が気になるが、ボルトを操作し排莢と装弾を済ませ発砲する。


 ズバァン!!


 弾丸は綺麗に大猪の背骨に着弾して砕き折り、大猪は前に倒れ込むように前転した。


「いよっし!!」


 さっさと脱包を済ませると、倒れた獲物の動脈を切り止めを刺す。


 この後、三頭を俺が仕留めて二頭をラハヤが仕留めた。今日は大猟だ。


「その黒い杖は何なんです? 強力な武器のようですけど」


「こいつは武器じゃない。猟の道具だ」


「同じに見えますけど」


「いいや、違うね。俺たち猟師が動物の命を頂くのは収穫するのであって、ただ殺すのではない」


「難しい生き物なんですね。猟師というのは」


「モイモイさんも狩りをしていれば分かるよ」


 モイモイを馬鹿にせず微笑むラハヤは、誰に対してもゆったりと優しい。俺は元陸自というだけで「人を殺す武器を使ってたあんたらとは違うんだよ」と酔った先輩猟師に、何故か説教喰らった経験があるのでラハヤは聖母に見える。


 クーが遠吠えのように吠え始めた。また猪の匂いを嗅ぎつけたらしい。クーがすっ飛ぶように駆けて数分後、小さい猪を咥えて戻って来た。


 大きさは……二〇キロ、いや一〇キロぐらいの子猪か?


 尻尾をぶんぶん振って嬉しそうに子猪(こじし)を咥えるクーは、先ほど駄魔狼を披露した癖に可愛らしい。


「モイモイさんとクーが初めて獲った猪だね。小さいからここで解体して食べちゃおうか。お昼も近いし」


 ラハヤの鶴の一声で、山火事にならなさそうな地点で火を起こすことになった。


 俺が子猪を解体していると「シドーさん。ちょっといいですか?」と何やらモイモイが俺に話し掛ける。


「なんだ?」


「ちょっと……」


「だからどうしたんだ?」


「吐きそうです」


「は?」


「……オロロロロロロロロロロ」

 

 モイモイが吐いた。どうやら子猪の解体を見ていたら気分が悪くなったらしい。


「おいぃぃい! 何やってんだお前! 吐くなら向こうで吐け!」


「いや、まじでグロいんですけど。良く嬉しそうに解体出来ますね」


「俺たちがいつも食べてる肉はこういう工程を経て出てくるの。お前は近くに小川があるから口をゆすいで来い。俺が後始末しとくから」


 まあ、初めて見たのなら仕方ねえか。


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