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第二三話 夏栄祭 その1


 祭り。それは古今東西、異世界問わず人々を熱狂の渦に巻き込むものであり、祭りの熱気に当てられた者たちは酒に酔うのと同じように浮かれる。それが祭りだ。


 ここゲルマフォルスク帝国の首都である帝都ゲルトに置いても、何ら変わりはなく夏の祭りである夏栄祭は行われた。


 この大陸に存在するほぼ全ての種族を有する帝都の祭りは、帝都全体を彩り豊かに喧騒に包むと、ラハヤとシグリッドの勝負の景品された俺をも心躍らせた。


 俺の隣にはラハヤとニーカ以外のモイモイたちがいた。


 ラハヤは明日行われる射撃競技のために調整を行っているらしい。どうしたものか、そう思えども発言権を封じられた俺にできることはなかった。今は祭りを楽しむしかない。


 ニーカは書き入れ時とかで、警備兵の日雇いに出掛けていた。全くブレない奴だ。


「シドーさんはいいのですか? 勝手に景品にされてしまって」


「いい訳ないだろ」


「ならば、こうしよう。私も名乗り出る。ラハヤと私のどちらかが勝てばシドーは私たちの物だ」


「あのな? 俺は物じゃないからな?」


 ドヤ顔で言ってのけるキセーラには困ったものだ。こいつは本気で言っているのだから、矯正のしようがない。


「シドーさんは出ないのですか?」


「人前で猟銃を使えって? 頭のいい奴が居たらどうすんだよ。この世界が銃社会になって、新しい社会問題になっちまうのは俺は嫌だよ。ただでさえ、この世界はあっという間に文明や技術を進めるぐらいのポテンシャルがあるんだ」


「ふむ……。それはどういうことだ?」


「銃を使うに値する人間になれ。そう言ってるのさ。銃が使えるって思わせたらいけない。今はまだな」


 俺の世界の米国。その国の全米ライフル協会は言った。銃を持った悪い奴らを止めるには、良い人間が銃を持つしかない。ある意味、武力による抑止力の効果を個人に当てはめた言葉だが、これを本当の意味で作用させるためにはもっと高次元の教育、道徳が必要だ。


 人を傷つけることの罪深さ、己が辛い時に力に頼ることの愚かさ、己以外が敵であると信じ込んでしまう視野の狭さ。これらをどうにかしなければ、銃を持つに値しない。強すぎる力を精神が未熟な者が持った時、それは悲劇しか産まないのである。


 と、御託を並べたが、俺自身これを完全に理解はしていない。これも祖父の受け売りに過ぎないからだ。ただ、正しいとは思う。結果、己のエゴに集約されるしかないとしても。


「ほら、前に屋台がある。こんなつまらん話より今は祭を楽しもう」


 俺の指さした先には軽食を売っている屋台があった。煌びやかな祭りに相応しく、その屋台も彩られ、売っているクレープのような食べ物もベリーソースで彩られて綺麗だった。


「そうだな。ここは私が買ってこよう。三つでいいか?」


「いや、クーもいるだろ。こいつも喰えそうな……そうだな、焼肉を巻いてる奴も買ってくれ」


「シドーさんはクーにも気を使いますね」


「そりゃ、あれだ。こいつを見てると祖父が飼ってたアイヌ犬を思い出すんだよ」


「アイヌ犬、ですか?」


「クーみたいに勇敢な奴だったよ」


 俺は後ろについて来るクーの頭を撫でる。最初に出会った頃と違って、今では随分と俺に慣れてくれた。


「ほら、シドー、モイモイ、買って来たぞ」


「ああ、ありがとう。ほら、クーも喰え」


 クーがバクバクと焼肉を巻いたクレープを平らげる。


「これはどうも……。おお、これは美味しいですね」


 モイモイも、キセーラも美味しそうに食べる。この場にラハヤも居ればと思ったが、彼女は時間切れまで技量を高めているのだ。俺にどうこうできるはずがない。


「あれは鬼人族じゃないか?」


 キセーラの目線の先に、鬼人族たちの屋台があった。並ぶ人も多く盛況のようだ。


「志道殿!」


 狐面を被った黒髪おさげの少女リンドウが、俺を見るや手を振る。熊害(ゆうがい)事件以来であるが、彼女は元気そうだ。


「おう、リンドウさん久しぶり。これは煮凝り? それにしては緑色、海藻色だけど」


 彼らが売っているのは八丈島のぶどに似ていた。焼いた魚を煮溶かした海藻に混ぜて固める料理だ。その味は海藻の風味と魚の旨味を感じることのできるもので、通常の煮凝りよりも味わい深い。


「これは子鬼たちから買った海藻を使った、我々の郷土料理なので御座る。とても美味しいで御座るよ」


 見た目は緑の羊羹に魚の焼身が入った物。頬張ると海藻の滋味深さと魚の旨味が、日本人である俺の脳を美味いと支配する。


「美味いな。酒が欲しくなる美味さだ」


「お酒なら、隣で我らの純米酒を売っているで御座るよ」


 リンドウの案内に従って俺たちは鬼人族の酒を買い、モイモイたちに先ほどの海藻の煮凝りを渡す。


「これは美味しいですね。最初はびっくりしましたけど、鬼人族の酒とぴったり合います」


 酒を飲みつつ頬張るモイモイ。俺も酒をちびちび飲みながら食べ歩くことにした。


「ああ、美味い。ラハヤが居れば何度も往復しただろう」


「……そうだな。明日はどうなることやら」


 明日からラハヤとシグリッドの勝負が始まる。俺の運命が決まってしまうのだ。少しばかり憂鬱だった。


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