第二二話 シグリッド製スコープ
取り急ぎ投稿
この日の俺はヴァリ工房に居た。鳥人の弩職人シグリッドから零点規正を行うから来いと屋敷に手紙が届いていたからだ。
銃袋に包まれた猟銃と弾差しを装備した俺は、工房にある地下射撃場でシグリッドから説明を受ける。
この世界のスコープに、ウィンデージ・ノブやエレベーション・ノブなんて高度なアジャスト機能はない。上下にレティクルを動かすのは、当りをつけてから分解して力技で直接動かすのだろうか。興味が尽きない。
「じゃあ、俺が撃って調整って感じですかね?」
「何言ってるの? 私が撃つに決まってるじゃない」
「……ああ、なるほど。失礼ですが、撃ち方は」
「貴方が教えるのよ」
俺は後ろ頭を掻いた。素人に撃たせて良い訳がない。自分の銃を他人が触るだけで、違法だからだ。非常に困った。
「あの、本当に?」
「なら、この話はなしってことで」
背に腹は代えられなかった。
「しょうがねえな……。安全第一で行きますよ」
俺は猟銃を渡し、弾差しとイヤーマフをカウンターに置いた。
「いい心掛けね」
シグリッドが猟銃にシグリッド製スコープを取り付ける。見た目はレミントンM700に、九七式狙撃眼鏡が上に乗った継ぎ接ぎ感溢れるものとなってしまった。事情を知らない人が見たら笑ってしまうに違いない。
俺はシグリッドの後ろに回り込み、構え方や操作を教える。鳥人特有の鳥の翼で若干の教え難さはあったものの、困難は鷹の翼のような模様とポニーテールにした彼女のうなじに見惚れるぐらいのことがあっただけだ。美人相手だからこれは仕方ない。
「ほら、どうぞ?」
砂袋に猟銃を依託したシグリッドが催促する。
「……えっと、しっかりと銃床に頬をくっ付けて、狙撃眼鏡から二〇センチぐらいは目を離してください。反動が来るので」
「センチ? ああ、貴方の世界の度量衡ね」
「これぐらいは離してください」
俺はそっとシグリッドの顔ごとスコープから後ろに離す。普段俺は千円札一枚分、だいたい一五センチぐらい離すのだが、初めて撃たせるならできるだけ慎重にした方がいいだろう。眼底出血なんて惨事になったら笑えない。
「なるほど。これぐらいか」
「肩付けは銃床を肩に当てる感じで」
「こう?」
シグリッドは少し肩の外側に当てていた。反動がないクロスボウならこれで良いのだろうが、今の彼女が構えているのは猟銃である。強烈な反動があるのだ。
「肩と胸の中間にやってください」
「なるほどね」
「次はボルトを引いて」
シグリッドの右手を持ってボルトの位置に持っていく。
ボルトが引かれ、チャンバーが開かれた。
「排莢口から実包を入れて、ボルトを操作して初弾をチャンバー内に送り込んでください」
「チャンバー?」
「まあ、薬室のことです」
「ボルトは前に押し込んで下に倒してロック。で撃てるようになりました」
「ねえ、本当はもっと実包が入るんでしょ? 何で一発だけなの?」
俺の癖のことを聞かれても、癖だからとしか答えられない。
今まで単独で猟場を車で走り、鹿を見つけたら降りて撃つ流し猟をしていたのだ。一発撃って外せば鹿は逃げるし、棒立ちしてくれる鹿がいたとしても、慌ててボルトを操作して弾倉からチャンバーに送り込む必要性もなかった。逃げられたらまた車で探せばいいのだ。
それもこの世界に来てから修正しつつある癖だが、射撃場に来てしまうと自然と癖が顔を出す。そこに大層な理屈はない。
「俺の癖みたいなもんです。単独流し猟ばっかりしてたんで」
「あら、ボッチだったのね。可哀想に」
どうやらシグリッドの性格は、ラハヤたちと比べて見劣りしないほどのようだ。今の一言は俺に効いた。
「イヤーマフも付けて。……では、どうぞ」
「耳当て?」
「そうです」
頭にイヤーマフを取り付けた彼女は、升目が描かれた的を狙う。距離は百メートルほどだろう。
俺は指を耳穴に突っ込んで口を開けた。
ズバァーン!! と銃声が轟く。
「きゃっ!」
シグリッドが驚いてひっくり返り、彼女が怪我しないように両腕で支える。鷹の羽が宙に舞った。
「大丈夫ですか?」
「……貴方がさりげなく私の胸を触ってる以外は問題ないわね」
俺の右腕にシグリッドの胸が乗っていた。意識してなかったが、こうなると恥ずかしさで顔に血が上る。
「あー、これは、失礼しました」
「でも、びっくりしたわ。こんなに音が鳴るなんて」
「そういう物なんで仕方ないですね。やっぱり俺がやりましょうか? もっとバンバン撃たないと行けないでしょうし」
「このまま続行よ」
気丈に振る舞っているが、先ほどよりも緊張して体が強張っているのが傍目から見ても分かる。無駄に緊張したまま撃たせては、どんな怪我になるか分かったもんじゃない。狙いだって大きくぶれる。
「実包を込める前にちょっと昔話しましょうか」
「貴方の世界の? 面白そうね」
「昔々俺がとある射撃場に行った時のことです。俺は後ろから他の人の射撃を見てたんです。そしたら面白い癖を持ってる人がいて」
「へえ、どんな?」
「それはですね……。彼は撃つ時に必要以上に力んでしまうんでしょう。彼は構えるとこうなったんです」
俺は猟銃を構える真似をして、くいくいっと顎をしゃくらせる。するとシグリッドが体を震わせ「ぶふっ……!!」と噴き出した。
「っぷふっははは!! 何それ?!」
「その彼は構えると顎がしゃくれるんですよ。俺も見た時びっくりしました」
シグリッドが腹を抱えて笑い転げる。
「緊張解けました?」
「……ふふ、ええ、大丈夫よ。ありがとう」
作り話だが、緊張が解けたようで何よりだ。
その後のゼロイン調整も滞りなく終わった。一〇〇メートルでゼロインされたシグリッド製スコープを装着した猟銃を受け取り、俺も覗いて見る。
スコープを覗くとT字照準線があり、垂直線の射距離分画目盛がある。倍率は二倍半。偏差はおいおい慣れて行こう。
「ありがとう御座いました。これでまた、出猟できます」
「どういたしまして。私も珍しい経験ができたし、貴方のこと気に入ったから、今度からもうちょっと安くしてあげる。不具合があったらまた来て」
「ええ、その時はよろしくお願いします」
頭を下げてお礼を言っていると、階段を下りる音が聞こえた。
「シグリッドさん、頼んでた新しい弩なんだけど……。あれ? お兄さん?」
声の主はラハヤだ。キョトンとした顔で俺を見ている。
「俺も用事があって」
「ラハヤじゃない。そういえば、ラハヤは彼と組んでるんだっけ?」
「うん、そうだけど」
シグリッドが意地の悪い笑みを浮かべた。猛烈に嫌な予感がする。
「ねえ、彼のこと気に入っちゃってさ。私がもらってもいい? そしたら今度からラハヤには無料で何でも作ってあげる」
ラハヤが困った顔をちょっとの間だけ浮かべて「それは流石に困るかな。帝都の夏祭りが終わったら一緒に精霊国に行く予定だし」と難色を示してくれた。
「じゃあ、帝都の催し物で勝負しない? そうね……確か狩猟組合で射撃の腕を競うのがあったわね。それで私と勝負よ。勝った方が彼をもらうってことで」
俺そっちのけで話がどんどん進んで行く。
「シグリッドさん、相変わらず強引だなぁ……。しょうがないね……。うん、やろうか」
「ふふ、楽しみにしてるわ」
本当に俺そっちのけで話が決まってしまった。
「あの、俺の気持ちは?」
「関係ないわよ」
「あ、はい」
ぴしゃりと断じられた。ラハヤも同情した顔を俺に向ける。
ともあれ、俺を勝手に景品にしたラハヤとシグリッドの勝負が、明後日から始まる帝都の夏祭りで行われることになってしまった。




