第十九話 水着だらけの大討伐戦 前編
ギムレット皇太子は蛮勇にも突撃した。周りの近衛騎士も、顔を強張らせて冷や汗を垂らし叫んでいる。
「殿下! ご自重して下さい!」
「何を言うか! 余が民を守らずして誰が守るのだ!」
ギムレット皇太子が宝剣を振るう。まるで当たらない。剣筋がブレているようだ。
「シドー! 殿下に後方へ下がるよう説得しろ!」
キセーラが俺に向かって叫ぶ。説得しろと言うが、俺にどうしろと言うのだ。それは周りの近衛騎士の役目だ。
「精霊剣よ! 顕現せよ!」
キセーラが魔力で作られた眩く光る光剣を両手に呼び出し、深淵魚人の群れに突っ込む。彼女は手当たり次第に敵をなます切りにしていった。凄まじい勢いだ。
「疾風!!」
ラハヤが魔法で敵を吹き飛ばす。
ギムレット皇太子は敵に囲まれ絶体絶命だ。やるしかなかった。ついでに俺はかなり焦っていた。足元が疎かになるほどに。
「殿下ぁぁ!!」
俺は叫ぶ。近衛騎士たちが、殿下の周りの敵を斬り倒す。
「殿下! お下がりくださ――いぃぃ!?」
砂浜に掘られた小さい穴に足を取られ、俺は盛大にこける。その瞬間、俺は殿下の背後から、殿下の水着を掴んでしまった。
まさかのトラブルに、場が一時の静寂に包まれた。敵の動きも止まった。
「うっわ、ちっさ……」容赦のないモイモイの声が静寂を破る。
「な、なな……!?」
ギムレット皇太子が白目を剥き、俺も言葉を失う。
や、や、やっちまったぁぁぁ!?
俺は滝汗を流し、焦りに焦った。殿下のやんごとなき宝剣を抜いてしまったのだ。このままでは打ち首獄門では済まない。エクスカリバーを早く元に戻さねば。
「シドー! 殿下の宝剣を鞘に戻せ! 早く!」
キセーラが叫ぶ。それは起死回生の言葉だった。
けれども、俺は酷く焦っていたのだ。力の加減を誤り、勢いに身を任せてしまうほど。
「フン゛ゥゥ!!」
その結果、片膝を立てる勢いそのままに、ジャーマン・スープレックスをかましてしまった。
「ごっほぉぉっ!!??」
勢い良く持ち上げられたギムレット皇太子は、そのまま後ろにひっくり返ると、砂浜に叩きつけられて気絶。
「「「「で、殿下ぁぁぁぁああああ!!!!」」」」
白目を剥き泡を吹くギムレット皇太子。口を開けて動きが止まる近衛騎士たち。
「殿下を後方へ移送しろ! 早くするのだ!」
近衛騎士の隊長が指示を飛ばし、その場に固まる俺に声を掛ける。
「カムロ殿、良くやってくれた! さあ、この宝剣を手に!」
「お、おおおう!!」
ギムレット皇太子の人望がなくて助かった。
「これでアホ殿下を守らなくても良い! 近衛騎士隊、突撃!」
「「「「おおおおっっ!!!!」」」」
俺の身長程もある宝剣を手に取った俺は、近衛騎士たちと一緒に突撃した。汚物返じょ、もとい汚名返上するために敵を斬り払う。
「ラハヤ! 弩と矢筒です!」
「モイモイさん!」
モイモイが投げたクロスボウと矢筒を華麗に受け取ったラハヤは素早く矢を番えると、敵を射抜いていく。二体、三体と瞬く間だ。
「神聖処女隊突撃!!」
神聖処女隊のエルフたちが号令の元に、精霊剣を顕現させ敵を蹴散らす。金色の光に見えるほど、高速に斬り結ぶ彼女たちは美しく頼もしい。
しかし、大海蛇モーガウルが際限なく深淵魚人たちを召喚している。奴の魔力は無尽蔵か。
徐々に押され始める俺たちの後ろに、新たな援軍が現れた。
「魔食会よ! 構えぃ!!」
魔食会の長、ナッセンバルが配下のダークエルフたちに号令する。
「「「「黒焔雷!!!!」」」」
十数人から放たれた黒い炎が迫る敵を焼き焦がす。
「お兄さん前!」
仲間の活躍に目を奪われた俺に向かって、深淵魚人が三又の槍を突き出しながら突っ込んだ。
「カムロ様!」
ニーカが両手に持ったダガーで、その敵を真っ二つにする。
「シドーさん大丈夫ですか!?」
俺の前に立ったモイモイが魔杖を構えた。
「ああ、助かった!」
「それは良かったです。紅蓮雷!」
焔雷が敵を焼き払う。
それでも、敵の勢いは一向に衰えなかった。
「ちくしょう、きりがねえ!!」
「シドーさん見てください!」
モイモイが指さす方向。そこはモイモイとニーカが、穴掘り勝負をしていた場所だった。
迫る敵が穴に足を取られ、前に進めていない。まるで塹壕だった。
そこへ、新たな援軍が到着する。
大柄なゴブリンが大斧を携え、石突を地面に立てると吠えた。彼の周りには百近いゴブリンたちが、武装して整列している。
「ゴブリン警備隊整列!」
ざっざとゴブリンたちが二列横隊に整列した。彼らは円盾を前に突き出し、手槍を構えている。
「お客様は!」
「「「「神様!!!!」」」」
「クレーム対応は!」
「「「「誠実に!!!!」」」」
「突撃ぃぃ!! お客様を守れぇ!!」
「「「「うぉぉぉおおお!!!!」」」」
ゴブリンたちが突撃し敵を押し止める。形勢は拮抗した。
「シドー! モーガウルの魔法が来るぞ!」
モーガウルが吠える。水色の魔法陣が数十と展開された。
鉄砲水の如き魔法が俺たちに襲い掛かる。その瞬間に、予期しないことが起こった。
それは次々と飛来する激流の魔法を防ぐ者がいたのだ。
「お主たち! ここは儂に任せよ!!」
ブラックリリーが展開した魔法陣を足場に宙に踊り出る。さらに空中で側転しながら魔法障壁を展開、モーガウルの魔法を弾き飛ばす。くるくると回りながら俺たちを守り抜くブラックリリーの姿は、さながら魔法少女だ。けれども、この魔法少女の中身を知った女児はきっと泣くだろう。
「死者廻天!!」
ブラックリリーが詠唱し、死体となっていた深淵魚人たちが復活する。そのゾンビたちは敵に向かって突撃した。全力疾走するゾンビたちは、さながらドーン・オブ・ザ・デッドのようだ。
俺たちは数に勝り、形勢は覆された。モーガウルを殺るには今しかない。
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