第十八話 海へ行こう その3
「赤い酒? 何だろうな? ……この時期なら桑の実かな?」
この世界のマルベリー酒の仕込み時期が六、七月として、出来上がり時期は八、九月ぐらいになる。その赤い酒を一口飲むと、やはり桑の実独特の爽やかで上品な香りがした。
「お兄さん、大当たり! いやあ、流石だね。えらいえらい」
既に酒を飲んだラハヤは、俺の頭を撫でるほど出来上がっていた。いつもよりテンションが高い。これが酒の魔力か。
「俺の友人が良く作っては、俺にくれたからな。でも、こっちの方が上等だ」
「うむ。夏の香りがする。上物だな」
俺たちがマルベリー酒を楽しんでいると、モイモイとニーカが戻って来た。
「シドーさんたちずるいですよ。私たちが穴掘り勝負をしている間に、美味しいお酒を飲んでいるなんて私も飲みます。ん、美味しいですねこれ」
「穴掘り勝負って何だよ」
ビーチに来たら穴を掘り始めるドイツ人めいた勝負だ。
「どれだけ深く沢山掘れるかの勝負ですよ。カムロ様もやります?」
「やるか、そんな人様の迷惑になりそうなの。ていうか、チェッカードさん、その歳でお酒飲んでいいの?」
「お酒に年齢制限はありませんよ。だから大丈夫です」
マルベリー酒をぐびぐび飲むモイモイとニーカ。いい飲みっぷりだ。
突然、俺の影にキセーラがさっと隠れた。
「おい、どうしたんだ?」
「い、いや、神聖処女隊の元同僚が見えたんだ……」
俺は後ろを振り返ると、秘密の狩場で出会った神聖処女隊の面々が水着姿で歩いていた。
その内の一人の癖毛金髪のエルフが、こちらに気が付くと歩いて来る。
「あら~、あの時のぉ人間さんではありませんか~」
「えっと、確かユーマラさんでしたっけ?」
彼女は五〇〇キロ近いユニコーンを、軽々と運んで見せた神聖処女隊のエルフだ。後、俺の話を聞かない奴だ。
「キセーラさんもいるじゃぁありませんか~。急に辞めてびっくりしたんですよぉ~」
「いや、うん。すまなかった」
キセーラが恐る恐る謝る。
「ふ~ん。やっぱりぃ~」
ユーマラが俺に視線を向ける。刺す様な鋭い視線だった。
「い、いててで!?」
一瞬にして俺は、ユーマラに腕の関節を決められた。
「キセーラさんをぉ、誑かしたのはぁ、貴方ですかぁ~?」
ユーマラの目は本気だ。俺の関節は悲鳴を上げている。
くそっ! このガチレズめ……!
「ユーマライヤ! そこまでにしておけよ。私はただシドーの手伝いをしているだけだ。そう、呪いを解き、元の世界に戻るための手伝いだ。私は誑かされたのではない」
「あぁ、そうなんですかぁ、それは申し訳ありませんでしたぁ~」
ユーマラが頭を下げると俺に囁いた。
「キセーラさんの処女を奪ったら殺しますので」
ちくしょう、このガチレズ怖えよ! サイコだよ!
やっと解放された俺は、夏だというのに背筋が寒い思いをした。腕が痛い。
「すまないなシドー。あいつは特に私を慕っていたんだ」
「慕ってるってレベルじゃねえぞ……」
「あ、お兄さん、見て。ギムレット皇太子が来たよ」
ラハヤの視線の先を俺も見る。そこには地下迷宮ヴィーシで女性型の魔物とキャッキャウフフしようとし、あわや全滅の憂き目に遭いそうになっていた色ボケ皇子がいた。
供を連れて遊びに来ているのだろう。水着姿に帯剣した彼らは、こちらを見るや近寄って来た。
「これは殿下」
俺は片膝を付き首を垂れる。
「カムロではないか。あの時は助かったぞ。どうだ? この際、余の騎士となってはみないか?」
「一介の猟師ですから、それは気が重いと言うか……」
「はっはっは! いや、すまん、半分は冗談である。そう畏まるな」
「そ、それは良かったです……」
ギムレット皇太子は笑いながらその場を去った。
「おい、シドー。あそこに魔食会がいないか?」
「は? 何であいつらがここに?」
俺が視線をやった先に、魔食会の長ナッセンバルとダークエルフたちが歩いていた。ナッセンバルがこちらを見るや、明らかに挙動不審になる。慌てて彼はダークエルフたちと共に走り去った。
何だか嫌な予感がする。ここまでオールスターで何も起こらないはずがない。
「ねえ、お兄さん。私酔ってるのかな?」
「ラハヤさんどうしたんだ?」
酒を飲むラハヤが海を見ながら呆然としている。
「いえ、今一瞬だけ大きな海蛇が見えましたよ」
ラハヤとモイモイが呆然と海を眺め、クーが海に向かって唸っている。
その時、海に影が差した。ぞろぞろと青肌の魚人族が陸に上がって逃げている。布きれを纏った彼らは老若男女で、全員が恐れ慄いた顔をしていた。
「カムロ様! あれは魚人族ですよ!」
「怪我している者もいる。シドー、尋常じゃないぞ」
大きな海蛇が海中から現れた。エメラルド色の大海蛇は天に向かって「キュゴォォォーー!!!」と吼えた後、明らかにラハヤを見つめていた。
……おいおい、やばくね?
観光客の悲鳴が起こり、浜辺に居たゴブリンたちが避難誘導を始める。
「シドーさん一旦武器を取りに戻りましょう! 商人組合が保管してくれています! 早く!」
武器? ……猟銃なんて持ってきてねえよ。
俺は顔を青くした。猟銃は屋敷のガンロッカーの中だ。それどころか、完全に休み気分でいたためナイフや山刀も持って来てはいない。このままでは丸腰だ。
「シドー! 走れ! モーガウルが深淵魚人を召喚している!」
俺たちは商人組合の貸倉庫へ退避しようと砂浜を駆ける。インスマス顔の深淵魚人がまばらに上陸を始めていた。バカンスが戦場に早変わりだ。
逃げる俺の横目にギムレット皇太子が見えた。彼は煌びやかな宝剣を天に掲げている。供の近衛騎士たちも剣を抜き、水着姿で上陸しつつある深淵魚人たちと相対していた。
そして彼は、宝剣を前に降ろすと号令した。
「近衛騎士たちよ! 市民を守るのだ! さあ、征け!」
「おい、あの皇太子やべえぞ! 戦おうとしてやがる!」
「なんだと?! 殿下に死なれては不味い、モイモイとニーカは貸倉庫から武器と道具を持って来い! 私とシドー、ラハヤは殿下を守る!」
キセーラの的確な指示の元、俺たちは二手に分かれる。
こうして、バラエティー番組真っ青な、水着だらけの大討伐戦が突如として勃発したのだった。
次回から水着だらけの大討伐戦です。シリアスではないです。




