第十四話 熊狩りを終えて 後編
熊爪の首飾りを持ち、ラハヤたちの部屋へ向かう。
「お兄さん、どうしたの?」
「いつぞやのお礼に、これを持ってきた」
ラハヤに熊爪の首飾りを見せる。モイモイとキセーラが、面白くなさそうな顔で寄って来た。この二人は俺に何かをしてくれた訳ではないので、二人にないのは当たり前だ。
「いつぞやのって、もしかして銃袋の?」
「そうだな。まあ、遅くなったけど、手作りには手作りで返さないと失礼だと思って。でも、俺の場合は爪の加工までしかやったことないんだけど……」
「うん。ありがとう、お兄さん。ずっと大事にする」
ラハヤが首に熊爪の首飾りを付けた。鬼人の郷の細工師が腕利きだったのだろう。ラハヤにとても良く似合っていた。
「私にはないのですか?」
「今度俺に何かくれたらお礼をしてやるよ」
「なるほど」
モイモイが考え込んだ様子で奥に戻った。多少は期待しておこう。
「シドーは何がほしいんだ? そうだ、私のしょ――あいたっ!?」
「言わせねえよ!」
キセーラの暴走発言は俺の手刀によって防がれた。こいつは隙あらば成人指定に持って行こうとする。
そして、この日の夜である。
夜の祝宴は盛大に行われた。参加した猟師たちや、リンドウの家である佐名田家の者たちとの祝宴だ。
熊肉は熊汁や、角煮、焼肉にされた。夏熊ということで、香草や酒で臭みを取られた熊肉料理は一級品だった。
「こちらは熊の心臓で御座います。一人二切れ、お取りくださいまし」
女中が薄くスライスされた熊ハツの焼き肉を運んで来た。白ネギが上に乗った熊ハツの焼肉は、見るからに美味しそうだ。
「ええ、ありがとうございます。ほら、ラハヤさん、ハツが来たよ」
「うん。これが熊の心臓かぁ。どれどれ……」
ラハヤが白ネギと一緒に熊ハツを食べる。口に入れた途端、ラハヤの顔が綻んだ。可愛い。
「ラハヤさん美味しい?」
「ふふ、美味しい」
「志道殿、ささ、もう一杯」
リンドウがお酌をする。
「ああ、ありがとう。どれ、俺も食べるてみるか」
箸で白ネギと一緒に熊ハツを口に運ぶ。熊ハツは想像以上に美味かった。酒が進む美味さだ。
「こりゃ美味い。おい、モイモイもキセーラも食べたか? 美味いぞ」
ラハヤの隣に座るモイモイとキセーラを見る。
既に箸をマスターした二人は、親指を立てて返事をした。
「さいっこうです! 美味しいです!」
「シドー、熊汁も美味いぞ!」
二人とも上機嫌である。美味い料理に美味い酒、やはりこの組み合わせは最高だ。
「志道殿は素晴らしい御座る。突進してくる熊を臆さず冷静に仕留めるとは」
「いや、俺なんてぺーぺーだよ」
「そうなので御座るか?」
「俺の世界の先輩猟師はさ、四五〇メートル先の豆粒みたいな鹿や熊を一発で仕留めちゃうんだ。俺なんてせいぜい三〇〇メートルだった。だから、ペーペーだよ」
「なんと……! 志道殿の世界の猟師は、鬼掛かった者たちなので御座るな」
「あれが、あの時代の又鬼って奴だな」
俺もいつかはあのレベルまで上り詰めたい。
だが、肝心のスコープが壊れてしまった。この世界でスコープを作れる者は存在するのだろうか。帰ったらドヴァさんに聞く必要がありそうだ。
「鹿室殿、楽しんでおられますかな?」
「これは源太郎さん。ええ、俺も皆も楽しんでますよ」
「それは良かった。ほら、リンドウもお顔を見せて差し上げなさい。いつまでも恥ずかしがっているのでは、佐名田の名が廃ります」
「あ、兄上……」
リンドウが俯く。
「そういや妹さんは、何でいつも顔を隠してるんです?」
「ははは、それがおかしな話でして」
「兄上!」
「狐面を付けていないと、人と目を合わせられないそうです。全く困った妹だ」
「なるほど……」
俺に悪戯心が芽生えた。ゆっくりとリンドウの後ろに回り込み、がっしりとリンドウの両肩を掴んだ。
「志道殿!?」
「さあ、源太郎さん! 今です!」
「それっ!」
俺の合図に合わせて、源太郎がリンドウの狐面を引っぺがす。これが酔っ払いコンビネーション。
「「「おぉぉーーー!!!!」」」
一斉に歓声が上がった。リンドウは耳まで真っ赤にして俯いた。
「どうですか鹿室殿、僕の妹は中々に美しいでしょう」
「なるほど、これは確かに……」
瞳の色は琥珀色で、整った眉毛、真っ白な肌を恥じらいで朱に染める姿は可愛らしい。真っ当な美少女だ。
屋敷を壊されたのが、どうでも良くなるぐらいの美少女だな。
俺が感嘆の息を漏らしていると、後ろから首根っこを首根っこを掴まれた。そのまま腕で首を絞められる。
「おい、シドー! 私がいるのに、他の女に鼻の下を伸ばすとは! ゆる゛ぜん゛!!」
上気した顔のキセーラ。厄介な絡み酒である。
「首が締まる、締まってる!! つ、つーかそれはお前の勝手な妄想だろうが!!」
ラハヤに助けを求める視線を送った。
「キセーラさん、やっちゃえ!」
現実は非情である。息が苦しい。
俺はそのまま後ろに引き倒された。馬乗りになったキセーラが、俺の頬を往復で叩く。度数が高く飲みやすい鬼人族の酒をしこたま飲んで、キセーラの思考がはちゃめちゃになっているのだ。誰か助けてくれ。
「ごんなに゛っ!! 愛しているのに゛!!」
「言動が一致してねえんだけど!! 痛っ! 痛い、痛いから! 痛いから止めろっ!!」
「ふふふ、いい気味ですねシドーさん」
誰も彼も大笑いするだけで、誰も助けてくれなかった。
そうして騒がしい祝宴は終わり、四日間を鬼人族の郷で過ごした。その四日間は熊の被害はなかった。
山を探索しても熊の気配はなく、新たな痕跡もない。完全に解決したと見ていいだろう。
馬車で帰る時がやって来た。
馬車を御し、郷の出口に向かう。遠くから六歳ぐらいの女の子が、精一杯両手を振っているのが見えた。小松という鬼人族の少女だ。
「ねえ、お兄さん。あの子がコマツちゃん?」
「ああ、そうだろうな。彼女のことはリンドウたちに任せよう。あいつらなら、きっと大丈夫」
俺たちは小松に向かって手を振ると、鬼人族の郷を後にした。




