第十三話 熊狩りを終えて 前編
ふいを突かれた猟師たちは、一歩遅れ熊槍が宙を突いてしまう。それだけ走る熊が速く、突然のことだった。大木の洞で寝ていると思っていたのだろう。
突然の強襲に驚いたのは俺たちもである。だが、突進する熊の前に立った俺は猟銃を立射に構えた。
「木の後ろに回り込め!」
ラハヤたちに指示を出す。熊が猛烈に迫リ来る。俺と熊の彼我距離は五メートルもない。
潜んでいたクーが横から飛び掛かる。思わぬ援護だ。
「グヴォォォォ!!!」
首筋に噛みつかれた熊が上体を起こす。
クーが熊を離し綺麗にバク宙して着地した。
すかさず俺は熊首に狙いを定めて発砲する。
ズバァーン!!
「良し、やったぞ――お? うぉっ!?」
熊が前のめりに倒れ、俺を下敷きにした。
「お兄さん!?」
「シドーさん大丈夫ですか?」
「シドー無事か?」
俺は腕だけ出してひらひらと手を振った。
「だ、だすげでくれ、く、苦しい……」
三〇〇キロのプレスは重い。
引きずり出され、遠くで見ていたリンドウがこちらに駆け寄る。
「倒したので御座るか!?」
「ばっちり仕留めた」
脱包作業を終えた俺は、今回の功労者を探す。
「なあ、クーの奴はどこにいる?」
「そこに居ますよ」
モイモイが木の影に隠れるクーを指さした。
俺は「おいで」と手をこまねく。
とことこ軽い足取りでクーが俺の傍に寄って来た。
「駄魔狼のくせに良くやってくれたよ」
しゃがんでクーの頭を撫でてやると、べろんと顔を舐められた。最初の頃と比べて随分と丸くなったものだ。
こいつには、後で熊肉の美味しい部位をくれてやろう。まあ、夏の熊だから臭みはあるだろうけどな。
「召喚獣は術者の肉体と精神を共有しているからな。無論、心情も共有している」
キセーラの一言で、皆が一斉にモイモイを見た。面食らった顔をしたモイモイが、頬を少し染めてフードを深く被る。派手好きの割に、注目を浴びると恥ずかしいのだろう。
「な、何ですか、皆さん。……あの、あまり見ないで下さい。恥ずかしいので」
「何はともあれ、郷へ戻りましょう。熊を運ぶのを我らも手伝うで御座るよ」
俺たちは仕留めた熊を引きずって郷へ向かう。強い雨が唐突に降り始めた。熊嵐だろうか。
「ラハヤさん大丈夫?」
「うん、大丈夫だよ。こうやれば、ほら」
ラハヤが緑のマントを脱いで頭に被せた。
「そうだ、リンドウさん」
「何で御座ろうか?」
「三日か四日は郷に滞在したいんだが、いいかな? それと熊爪を一つほしい。後の熊皮とか胆のうとかは、そっちがもらってくれればいいから」
「良いので御座るか?」
「まあ、滞在費用ってことにしといてくれ」
「何から何まで……。これで兄上も喜ぶで御座るよ」
「……そうか、そりゃ良かった」
ざあざあ雨が降っていたが、郷に着く頃には雨は上がっていた。
熊が大衆の前に引き出される。
鬼人族の若い男が大衆の中から現れ、俺に話しかけた。
「鹿室殿、良くやってくれました」
「これはどうも」
「そちらの屋敷の修繕費を後でお渡しします」
「ええ、ありがとうございます」
「そうですね。それだけでは些か寂しいですから、僕の不出来な妹が、また仕出かしたお詫びも兼ねて、今夜は祝宴としましょう」
鬼人族の若い男が快活に笑う。彼が言った言葉に一つ引っ掛かりを覚えた。
妹? 誰のことだ?
「源太郎兄上!! お加減はよろしいのですか!?」
リンドウが源太郎と呼ばれた鬼人族に走り寄る。
「風邪は治ったよ」
兄上生きてたよ!?
俺は何だか小っ恥ずかしくなった。今まで姿を見せなかったので、てっきり亡くなっていたのかと早とちりしていた。
「志道殿、如何したの御座るか? 顔が赤いで御座るよ」
「いや、別に……。というかいいの? この服着ちゃって」
「ええ、それは父上のお古で御座る。ですから何も問題は御座いませぬよ」
「あ、ああ、お父さんのだったのね……。なるほど」
……いやまあ、確かに兄上のとは言ってなかったな。……ははは。
俺は頬を染めながら後ろ頭を掻いた。恥ずかしい。
まあ、人食い熊は狩れたのだ。それで良しとしよう。
その後、熊は解体された。熊肉は犠牲者の供養のため夜に振る舞われることになった。
俺は土間を借り、もらった熊爪を煮ていた。まだ余分な肉と皮や毛が付いている熊爪を殺菌し、加工しやすくするためだ。付いている余分な肉がある程度硬くなるまで煮て取り出す。
布で水気を拭くと、ナイフでその余分なものを削り取っていく。
綺麗になった熊爪はこれで首飾りにできる。後の加工は俺の専門外なので、里の細工師に頼んだ。
一時間後、郷の細工師が熊爪の首飾りを持ってきた。料金はタダにしてくれた。親切に甘えることにする。
「おお、上等な首飾りになったな」




