第十一話 熊強襲 前編
ほんのちょっとだけモイモイがデレる回。
宴会はとても楽しいものだった。男たちが田楽踊りを舞い、皆がリラックスした顔で笑う。和やかな雰囲気だ。俺も結局、お猪口に一杯だけ酒をもらってしまった。
「志道殿、もう一杯いかがで御座るか?」
お酌をしてくれたのはリンドウだ。顔こそ見えないが、若い女性にお酌をされると、俺も気を良くしてしまう。
「一杯でいいよ。熊を狩れたら、またお酌をしてくれ」
「志道殿……。分かりました。次に拙者が志道殿にお酌をするのは無事に狩ってから、で御座るな」
「お兄さん、このお酒美味しいね。なんて言うか、爽やかで甘いお酒で高級な白葡萄酒って感じだよ」
「ラハヤさん、美味しくてもあまり飲んじゃダメだよ。次の日から本格的に狩りをするんだから。俺たちが仕留め損なったら巻狩りになるだろうし」
「はーい」と言いつつ、新しくお酒をもらうラハヤ。どうやら、かなり気に入ったらしい。
「ラハヤ殿、そこまで気に入って頂けたのなら、我らの酒を商人組合を介してお送りするで御座るよ」
「そう? それはいいね」
ラハヤの顔が火照っている。
「それにしても、志道殿はなぜお受けに? 我らの勘違いとは言え、屋敷を損壊させてしまったのに……」
「鬼人族ってのが、肉体言語で同族を屈服させて言うことを聞かせる悪癖がある。それはモイモイから聞いたさ。だから、あれが勘違いで一時の過ちであるなら、俺はそれ以上何も言えないよ。しかも、熊害で喫緊の問題であるなら俺は受ける」
「……志道殿は拙者の兄上に似ているで御座るな」
「そうなのか?」
「とても似ているで御座るよ」
周りを見渡すが、リンドウの兄らしき人物はいない。つまりは、そういうことなのだろう。
「今夜は俺も墓場で見張りをさせてもらう。相手が俺の知ってる熊と同じ習性を持つなら、必ず奴は来る」
「……志道殿、どうか御武運を」
俺は宴会の場を後にした。
夜は更けて、雲一つない月夜だ。
背中に猟銃を担ぎ、準備は終えている。奴が来ればいつでも狩れるよう、銃袋からも取り出した。小さい決まり事で、これ以上被害は増やしたくない。
墓場で夏の虫の声を聞きながら、墓石を背もたれに俺は浅い仮眠を取った。
今夜だけ貸してもらおう。その代わり、絶対に狩って見せる。
ジー、ジーっと虫が鳴き、夏虫の鳴き声以外は静かだ。
「シドーさん」
「モイモイか、どうした?」
モイモイが俺を覗いている。
「私も夜風にあたりに来ただけです。シドーさんこそ、こんな夜中に狩りでも始めるつもりですか?」
「墓で寝てるだけだ」
「罰当たりですよ」
「許可はちゃんと取ったよ」
「シドーさんは、死人と話す特殊技能をお持ちのようで」
モイモイが俺の隣に座る。
「少し、横に詰めてもらえませんか?」
「なに、お前も罰当たりなことすんの?」
「しませんよ」
俺が横に詰めると、モイモイが俺に体重を預けた。
俺をベッドか何かと勘違いしてねえか?
「おい、俺はベッドじゃねえよ」
モイモイの銀髪が月光で照っている。
「私だって許可を取りました」
「……嘘つけ」
「いいじゃないですか。偶には私だって、一兆分の一の確率でこんな気持ちにもなります」
「えらく低いな……」
ジー、ジーっと鳴いていた夏虫の鳴き声が止んだ。とても静かだ。とても静かで、暖かい人肌で眠くなる。
「俺だってモイモイぐらいの歳の娘がいてもおかしくないよなぁ」
「は? 今何て言いました? 冒涜的なことを言いましたよね?」
「な、何だよ」
二十歳で子どもができたら、中学生ぐらいに見えるモイモイのような娘がいても何らおかしくはない。それなのに、モイモイは語気を強くしている。
「いいですか、私は半魔族です。そんじょそこらの小娘と一緒にしてもらっては困ります! 歳だって三じゅ」
モイモイが立ち上がって俺に批難の言葉を浴びせる。その時、強烈な獣臭がした。
彼女の後ろには、月の光に照らされた大きな獣がいた。触角のような長い毛を二本生やしたこの世界の熊だ。鼻息荒く俺たちを見下ろしている。
「モイモイ! 後ろだ!」
「後ろ? ――わわわっ!!」
すかさずモイモイの腰のベルトを引っ張り、力任せに後ろへ投げた。
熊が太い腕を振り下ろす、咄嗟に猟銃で防ぐ。スコープが弾け飛んだ。俺はそのままタックルをかまして、熊の胸にナイフを突き立てる。
「くそっ! スコープが逝っちまった!! これだって高かったんだぞ、このやろう!!」
一六万がポンと飛んでしまったのだ。お財布が瀕死になってしまう。
「シドーさん! 目を閉じてください!」
モイモイが黄色い魔石を地面に投げる。すると強烈な光が発生した。
怯んだ熊が逃げる。血の跡を追えば、簡単に見つけられるだろうが今は夜だ。月も曇り始めていた。追うのは危険だ。
「報告に行こう。追うのは明日だ」
「分かりました。行きましょう」




