第五話 初めての狩猟 後編
この作品はノーシリアスのほのぼのコメディです。
俺とラハヤはゴブリン商人が牽いて来た荷車に、獲った獲物を乗せるのを手伝う。互いに手助けし合うのは万国共通的なもので当然だ。
一〇〇キロを楽々と超えて二〇〇キロ近いのに、彼らのような小柄なゴブリンだけでは無理がある。ゴブリン二匹と俺やラハヤが、それぞれ足を持って荷車に乗せるのだけで精一杯だったのだ。
こんなのでも痩せている方だと、ラハヤが教えてくれたが何と恐ろしいか。
しかし、俺には猟銃がある。俺はこの.308win弾が化け物のような大猪を止めてくれると信じている。
「ゴブリンさん。解体はそちらでやってくれるってことですかね?」
「ええ、旦那様。ゴブリン出張回収サービスは、剥皮や解体なども行います。ですが、獲れた肉だけは我々が頂くことになっておりますね。狩りの終わりに狩猟小屋にお立ち寄り下されば、獲れた猪肉の料理をご提供致しますよ。これは別料金となりますが」
ゴブリン商人が両手を合わせて揉む仕草をしながら説明する。
なるほどね。しかし、今またサービスと言ったような?
俺の他にもこの世界に迷い込んだ人物がいる可能性がある。思わぬ収穫に俺は笑みを浮かべた。
「では、旦那様。良い狩りを」
頭を下げるゴブリン商人と手を振り別れ、俺たちはさらなる収穫をするべく、引き続き森の奥へと向かう。森はなだらかな斜面が続いていた。広葉樹林が針葉樹林に混ざる景色だ。
「お兄さんは猪狩りってしたことあるの?」
「いや、実はないんだ。俺の住んでたとこって猪いないし、本州からやって来た猟師から話を聞いたことがあるぐらいでさ。ていうか、話って言うか自慢話だったなぁ。今にして思えば」
「それなら帰りに狩猟小屋で食事するのもいいかもしれないね。きっと気に入ると思うよ」
初狩りなだけで食べたことはあるんだが、まあいいか。
「あの猪って、どこの部位が食べれるんだっけ?」
俺は底意地の悪い質問をした。なにせ、猪はほとんどの箇所が食べれるのだ。無論あそこも。異世界の猪であってもおそらくは変わらない。
「肩とか腹とか脛とか腿は言わずもがなで」
「うんうん」
「舌も食べれるし、ほほ肉も美味しいよね」
「うんうん」
「それと、キン……」
聞かれるがままに教えてくれたラハヤ。彼女は言わされてることに気が付いたのか、困った顔をしてもにょもにょと口ごもる。普段はゆったりと余裕を見せる彼女だが、恥じらう時は乙女らしく恥じらうらしい。
「……むう、いじわる」
頬を桜色にして俯くラハヤがむすっとした。
「ごめんごめん」
「……別に、怒ってないよ」
怒ってないと言いつつも、目を合わせてくれない。ちょっとした出来心だったが、セクハラは不味かったか。
「そう言えばラハヤさんは虫よけはどうしてるの?」
ラハヤの格好はどちらかというと、肌の露出部分が多い。なら虫に刺されているはずだが、彼女の肌は白くて傷がなく綺麗だった。
「肌に直接塗る虫除けを使ってる。人間の匂い消しも兼ねてるし、全体にくまなく塗れば三日間は虫に刺されたりはしない優れものだよ」
小瓶を見せてくれた。オイルタイプの虫よけで、くまなく体に塗るということはサンオイルのように使う物のようだ。
これを使っている彼女が綺麗な肌を維持しているのだ。これを元の世界で売ったら、一財産を築けるぐらいの価値がある。
「俺はこれだ。バグジュース」
「不思議な形してる」
ラハヤは興味深そうにバグジュースを見て、機嫌を直してくれたようだが、彼女のオイルタイプの虫よけの方が効き目が良さそうだ。今度どこで手に入るのか聞いてみよう。
ふと強烈な獣臭が漂ってきた。ラハヤが猪の足跡を見つけると先行する。この足跡の蹄も大きい。
先行していたラハヤが木陰に隠れて立ち止まり、なにやら指している。
双眼鏡で指している方向を見た。前方距離二〇〇メートルほど先に獲物がいる。残念ながら障害物が多く位置が悪い。太い幹の周りを何か探しているようだが、もう少し近づかねば。
当てる自信がない時は撃たないが鉄則なのだ。
静かに歩き距離を一〇〇ほど縮めて猟銃のボルトを操作し、チャンバーを開ける。今回は弾差しから三発取り出し、二発は弾倉へ押し込み初弾は薬室へ。前にボルトを押して、下にガチっと倒す。
獲物は二メートルを超える大物だが、ライフル弾で仕留められないことはないはずだ。心臓か、首か、背骨を狙えばいい。頭はあの特徴的な角が邪魔だ。
膝射に構え、息を整える。
急に風向きが変わった。俺のいる場所が風上になったのである。それが意味することは――
「シュー、カッカッカ! クチャクチャクチャクチャ!!」
警戒鳴きを始めて、俺は一旦避難しようと立ち上がる。
先ほど大猪がうろうろしていた場所は寝床。きっと繁殖巣か何かだったのだ。
まずいぞ……!!
既に大猪は俺を見つけて、毛を逆立てて突進してくる。時速五〇キロ以上の吶喊だ。残された時間はたったの数秒のみ。
行動を変える。撃って突進を止めるしかない。
立射に構えて撃つ。
ズバァン!!
頭部の中央に当たる。だが止まらない。
くそ……!!
排莢して再度撃つ。
ズバァン!!
左頭部に当たる。まだ止まらない。
もう一度排莢する。二〇メートルまで迫る大猪に向けて撃つ。
ズバァン!!
悲しいことに、頭蓋で跳弾していた。
うっそだろ! 非常識だ!!
皮膚を抉って頭蓋を少しへこませただけだ。角度が浅いのか、頭蓋が分厚いのか。
批難の心の声空しく背中を見せて逃げる俺は、尻を思い切り牙で突き上げられた。
「ア゛ア゛ァァァァッ!!」
俺の脳に電撃走る。尻を突きあげられて宙に舞う。ぶちっと俺の中で弾ける音がした。
獲物にしがみ付き、ザクザクザクザクとナイフで猪首を突きまくる。
「フンフンフンフン! フン!! フン!!!」
「ピギィィイイイ!!」
転がるように倒れ込んだ獲物。俺も振り落とされる形で前へ飛んだ。
地面が見え、咄嗟にナイフを咥える。
斜面をゴロゴロゴロゴロ前転しながら転げ落ち――幹に顔面を直撃させて止まった。鼻はきっと折れている。俺のプライドも、折れている。
俺はすっと立ち上がり腰に手を当て空を見上げた。尻が半分涼しい。どんな顔をしていいのか分からなかった。無心だった。
「お兄さん大丈夫!?」
俺が空中で手放してしまった猟銃を抱えたラハヤが、慌てて駆け寄って来た。
「……スー……フゥゥ~~~」溜息が漏れる。この世界は厳しい。
「……お兄さんの世界の狩りって、随分と野生的なんだね。…………くっ……ふふ、ご、ごめ……っぷふ」
ラハヤが笑いを必死にこらえている。俺は耳まで真っ赤にした。
初猪狩りは苦いものとなって終わり、これ以上の続行は不可能ということで予定を変更して街に戻ることとなった。
……絶対にリベンジしてやる。
現実の狩りガールにラハヤにした質問をしたら、恥ずかしがるどころか嬉々として口にするし嬉々として食べるという。