第五話 地下迷宮ヴィーシ その3
取り急ぎ。
現在の階層は地下四階。
ギムレット皇太子の香しい匂いを辿るクーの後ろを、俺たちはついて行く。
新たな行方不明者が一四人ほど絡まった蔦を発見した。
蔦に絡まる行方不明者の男たちは、揃いも揃って幸せそうな笑みを浮かべており気絶している。彼らの中央には上半身裸の女性で、下半身が大きな薔薇の花の魔物がいた。名前はアルラウネと言うらしい。
「また、女性型の魔物か……」
「と言いつつ、シドーさんがフラフラと吸い寄せられている件について」
「お兄さんって欲求不満だったりする?」
「あんな魔物にシドーが惑わされているのを見ると腹が立つ。モイモイ、火焔魔法で行方不明者諸共やってしまえ」
キセーラが親指を立てて、親指を下に向ける。
「マジですか。では僭越ながら……。紅蓮の雷なる火焔よ怨敵を貫き給え! 紅蓮雷!」
モイモイの放った火焔の雷が、行方不明者諸共アルラウネを焼いた。
「あっちぃぃぃ!!」
男たちが目を覚まし、近くの池に飛び込んで行く。
「おお!? 俺の天使はどこ行った?!」
「シドーさんの天使なら天国に旅立ちましたよ」
「シドー、女性型の魔物に惑わされていたのを覚えていないのか? 私という妻がいるのに……」
それはお前の頭ん中だけだからな?
「そんなことより、池に飛び込んだ人たちを助けた方がいいと思うな」
俺たちは池で溺れる行方不明者を救助した。
「あんたたちは誰なんだ?」
「狩猟組合から派遣された猟師ですよ。まあ、そこのモイモイは冒険者崩れですけどね」
「そ、そうなのか……。事態はそこまで深刻になっているのだな」
狩猟組合が出張ることは滅多にない。当たり前のことだが、山で獣を追っかけるのと、地下迷宮で魔物たちを相手にするのは勝手が違う。ピッチャーが臨時でキャッチャーをするようなものだ。
「ええ、ですから、何があったのか説明してはもらえませんか? ギムレット皇太子がどこらへんにいるかも、分かっている範囲で教えてください」
「……俺たち護衛の騎士が知る限りでは、ギムレット様は地下の八階にいるはずだ。そこの冒険者なら詳しい事情を知っているかもしれない。彼らは八階から撤退するときに、アルラウネにやられたんだ」
男と言うのは何とも不甲斐ない。俺も人のことは言えないが……
「皇太子様は地下の十階に連れ去られたのを俺は見た」
冒険者の男が有力情報を提供してくれた。それならば、一気に十階まで降りるのが賢いやり方だ。俺は自衛隊時代に、もっと酷い経験をしたことがあるから問題はない。あるとすれば女性陣の体力だろう。
「地下十階か……。今は地下四階だろ? 階段優先で一気に降りるか……」
「私は問題ないが、モイモイはどうだろうな?」
「私は別に、いざとなったらクーの背に乗るので問題ありませんよ」
「急ぐなら私は大丈夫だよ。森みたいに斜面がある訳でもないし」
逞しい女性陣だ。これなら強行軍でも問題はなさそうだ。
俺たちは次の地下五階に降りた。
地下五階は一本道の水路で、地下から湧き出る水が溜まっていた。これまで失った水を補給する。
「この水、そのまま飲めるか? それとも煮沸消毒した方がいいかな?」
「ひとまずは汲んで、後で煮沸消毒だな。私ならそうする」
キセーラは頼りになる。これで変態でなければ、お付き合いをお願いしていたところだ。
「お兄さん、あれを見て。水の中に何かがいるみたい。何だろう? 魚?」
ラハヤが指さす方角を見る。群れた魚のようなものが、こちらに向かっているようだ。
だが、その手には三又の槍を持っていた。顔も人面。インスマス顔だ。
「深淵魚人ですよ!」
俺たちは一斉に戦闘準備に入る。
飛びかかって来た深淵魚人たちを、俺は槍にした山刀で突き刺し、ラハヤとキセーラが射抜いた。
「走れ走れ! 階段はすぐそこだ!」
殿軍となった俺へ、一匹の深淵魚人が突貫して来る。相手の三又の槍を弾くと、そのまま首を突いた。
「シドー伏せろ!」
キセーラの一声で伏せ、俺の頭上を二本の矢が飛んでいく。
ラハヤとキセーラが二匹の深淵魚人を射抜いた。
今まで経験したことない、いや、十二年前の派遣先で経験したような戦場の空気だった。あの時は俺の独断で突っ込んでしまったが、今回も似たようなものではないかと己の学習能力のなさに嫌気がさす。
「お兄さん、早く!」
「ああ、今行く!」
洞窟のような地下六階を進み、草原のような地下七階を越え、花畑のような地下八階へ至った。時刻は夕方になっている。今日はここで野営をするしかない。
「さっきはすまなかったな。助かったよ」
「シドーらしくないな。珍しく深刻そうな顔をしているぞ」
そう言ってキセーラが俺の尻を撫でる。俺はすかさずキセーラの頭を叩いた。
「痛っ!?」
「さりげなく撫でるんじゃねえよ!」
「……い、いや、今まで半裸の男たちを見てムラムラしていただけだ。断じて私のせいだけではない」
頭を擦るキセーラは全くブレない奴だ。小さなことで悩むのが馬鹿らしくなって来る。その場で俺は仰向けに寝た。花畑のようなこの階は心地良い。
不可思議な地下迷宮も、今では慣れたものだ。
「お兄さん、キセーラさん、夕食ができたよ」
ラハヤが俺とキセーラを呼ぶ。
「今夜の料理は、か、蛙ですか……」
水路で拾ったウシガエルほどの大きな蛙を使った料理だ。ラハヤの名誉のために言っておくが、彼女はゲテモノ料理人ではない。由緒正しい家柄のモイモイに嫌がらせをしている訳でもない。
単に俺のいざという時のために、干し肉などの携帯食料を取っておこうという方針に従っているだけだ。
この日の夕食は蛙もも肉の塩焼きに、食べられる花びらを散らした華やかな料理であった。花びらで誤魔化しているとも言う。
「ビスケットのような乾パンに、蛙もも肉の塩焼きと花びらを乗っければ、あら不思議。貴族の食事のような雰囲気に――」
「なりませんよね?」
モイモイの冷静な突っ込みが入った。
「……まあ、しっかり焼いてるから大丈夫だろ」
「次は虫でも食べるか?」
「うーん。虫は流石に……」
キセーラの提案にラハヤとモイモイが苦笑した。




