第四話 地下迷宮ヴィーシ その2
彼我距離は一〇〇ほど。道の真ん中にいるスキュラに抱かれた男は、幸せそうな顔で失神している。
スキュラはパッと見でも美人だった。足がタコのような触手になっているだけで、十分美しい。そのようなことを考えた俺は、気が付けばふらふらとスキュラに吸い寄せられていた。
あれが魔物? めっちゃ可愛いじゃねえか。胸も――
「せいっ!!」
俺の股間がモイモイの杖に叩きあげられた。
「いってぇ!」
その場でうずくまる。
「なにするんだよ!?」
「スキュラの魅了から助けたまでです」
スキュラがこちらに気づき、抱いていた男を投げ捨てた。
「ラハヤは心臓、私は頭を狙う」
「分かった」
キセーラが弓を構えて矢を番え、ラハヤがクロスボウを構え一斉に矢を放つ。
一瞬にして射抜かれて倒されたスキュラを見ると、どうしても俺は顔をしかめてしまった。
「こいつって人とコミュニケーション取れないの?」
「こみゅにけーしょんとやらが分かりませんが、言葉も話せない魔物ですよ」
モイモイはそう言ってスキュラの遺骸を燃やした。魔石を獲るつもりなのだろう。
俺が手を合わせて黙とうしていると、行方不明者の男が目を覚ました。
「ここはどこだ? ギムレット様はいずこに!?」
「まあ、まずは落ち着いて、股間隠してくださいよ。大きな葉っぱがそこにあるので」
「え? ああ、これは失礼した」
行方不明者の男が、大きな葉っぱで股間を隠す。その姿をラハヤは見ないように顔を背けていた。
キセーラはなぜか苛立った様子だ。
「何故お前は裸だったんだ? 汚いモノを見せられて気分が悪い」
「いや、それが自分にも良く分からず……。急に壁が生えてギムレット様たちと分断され、合流するべく彷徨っている内にいつの間にか眠っており……」
要領を得ない説明に俺たちは首を傾げた。
「取りあえず、医療班が外で待機しているので、歩いて帰れますかね? それとも呼びましょうか?」
「い、いや、歩いて帰るよ。そうだ、君たちはギムレット様を探しているのかい?」
「ええ、狩猟組合が駆り出されたので」
「なら気を付けた方がいい。自分を含め、護衛の近衛騎士が就いていたのだが、苦戦するような相手ばかりだった。急に壁が生えて分断される危険もある。なるべく離れない方がいいだろう」
「ご忠告どうも」
行方不明者だった男が去った。
「汚いモノを見せられただけで、大した情報も持っていなかったな」
人口太陽が傾き始め、昼下がりのようになった。あの人口太陽はフロアを照らす照明なのだろう。それが現実時間に合わせて光が調整されているようだ。
「こりゃ長丁場になりそうだ。チェッカードさんに、一週間分の生活費渡して来れば良かったな」
俺は別にニーカのことを嫌っている訳ではない。好きでもないが、彼女が頑張ってくれているのも事実だからだ。余計な一言さえなくなれば、俺のニーカに対する心象も良くなるだろう。だから多少の心配だってする。
「お兄さん、どうする? 道の真ん中で野営が安全かな?」
「なるべく固まって寝よう。食い物は、そうだな現地調達しよう」
「携帯食料があるのにですか?」
「それは万が一の備えにした方がいいだろ」
「私もシドーに賛成だ。食べられるものを集めて野営しよう」
密度の高い森を歩いて探すが、獣類がいつの間にか姿を消していた。食べられそうなのは蛇ぐらいだ。
「仕方ねえ蛇獲るか」
「蛇ですか!?」
モイモイが嫌そうな顔をした。
「蛇は捌きやすいし歩留まりが高いんだよ。味も悪くない」
俺は手頃な二股の枝を探して、近くの蛇の頭を押さえる。中々大きい蛇だ。一五〇センチはあるだろう。この蛇はシマヘビのような模様があった。
足を蛇の前に出し、ブーツのつま先の靴底を噛ませる。そのまま足を上げて素早く蛇の首根っこを掴んで外し、尻尾を持ってブンと振り、蛇の頭を近くの幹に叩き付けた。最後に蛇の首をナイフで落とす。
「ひぃぃ……。まだ、動いてますよ!」
「そりゃ蛇だし」
切った首の腹側に縦方向の切れ目を入れ、蛇の皮をビーっと剥がし丸裸にする。指で内臓を引っ張って取り除いた。流水が近くにないので、要らない布で蛇肉につく血を拭き取ることにした。
「シドーも蛇を獲ったのだな。こちらも蛇と」
「キノコと野草を獲って来たよ。これで立派な夕飯になるね」
キセーラとラハヤが食材を見せる。
キセーラのは八〇センチほどの蛇で、ラハヤの籠に入っているのはタマゴタケに似たキノコ。野草はオオバコの若葉を思い出させる厚みのある葉物だった。
全て刻んで塩と胡椒で炒めてしまえば、それなりに食べられる。蛇肉はぶつ切りにして塩と胡椒を振ってシンプルに串焼きだ。
「野営の準備して、さっさと調理してしまおうか」
「猟師が地下迷宮に潜るってこういうことなんですね……」
野営の準備をして、ラハヤが調理する。
出来た料理を皆で食べる。
蛇の串焼きに、野草とキノコのバター炒め。大切な水を消費したくない場合は、炒め物が優秀だ。
「蛇肉って普通に美味しいんですね」
「うん。美味しいよね」
蛇肉にかぶりつくモイモイとラハヤ。二人とも満足している顔だ。
やはり蛇肉は緊急時の食材として優秀なのだ。鳥と魚を足して割ったような味で、淡泊ながらも旨味がある。炒め物も美味しい。
「ごちそうさま」
すぐに平らげてしまった。
だが、食事が終わるとどうしても考えてしまうことがある。
行方不明者を探しながら進むと、半日でせいぜい四階が限度だ。四方の壁から壁まで隈なく探そうとすれば、半日で一階が限度になる。
何か効率の良い方法はないだろうか?
「シドー、我々がギムレット様を一刻も早く見つけ出し、他の行方不明者の捜索はエルフたちに頼むのはどうだ?」
「……そうだな。結局のところ、皇帝は息子が馬鹿やって行方不明になったのを隠したいんだろ? それなら、他の騎士や冒険者の行方不明者を、俺たちは捜索しなくてもいいってことだ。事後処理まで任された訳じゃねえからな」
「この人数じゃ出来ることは限られますしね」
「明日からは地下に降りることを優先するの?」
「ああ、皇帝の息子の捜索ならクーに匂いを辿らせればいい。こっちにはギムレットの洗っていない下着があるんだ」
作戦会議が終わり、次の日の朝。
俺はクーにギムレットのブリーフを嗅がせ、その匂いを追わせようとする。
しかし、臭いのが嫌なのかクーは顔を近づけようとしない。
「おい、クー、頼むから嗅いでくれよ。例え洗ってなくて染みつきで臭くても、これはやんごとなき御方のブリーフなんだぞ。そう嫌がるなって、多分、匂いも高貴だよ?」
クーが唸り声を上げる。仕方ないので無理やり嗅がせた。
「ぷしゅん!」
くしゃみを一つしたクーは、恨めしそうに俺を見た後、俺たちを先導する。
そして、この日から本格的な捜索が始まった。




