第三話 地下迷宮ヴィーシ その1
アドニス皇帝たちが帰ってから、俺は明日の地下迷宮探索へ向けて準備をしていた。
「シドーさん、何をしているのですか? 槍ですか?」
モイモイが屈んで覗く。谷間が見えそうだと思ったが、こいつには谷間はない。平原だ。さながらそれは北海道の大平原。
「これは山刀って言ってな、まあ、フクロナガサって奴でこうやって柄に棒を差し込んで槍に出来るんだ」
俺はそう説明して、ドヴァさんに作ってもらった穴あきの鉄棒に山刀を取り付けた。何故こうしたかは、未知の地下迷宮に行くのだから、可能な準備は出来るだけしておいた方が良いと考えたからだ。
「なるほど。シドーさんは槍術も覚えているのですね」
「いやいや、そんな高尚なの覚えてないよ。止め刺しぐらいだよ」
今まで山刀を槍形態で使ったのは、友人の括り罠に掛かった鹿の止め刺しぐらいだった。槍術なんて高尚なものは持ち合わせてはいない。出来るだけ高尚に説明しても田舎侍の槍術がせいぜいだろう。
「なるほど。背伸びして見せただけですか」
「お前の俺に対する評価何なの!?」
モイモイは俺のことを低く見ているというか、馬鹿にしているというか全く腹の立つ奴だ。
「カムロ様、昼食の準備が出来ましたよ」
ニーカが庭先から俺を呼ぶ。名字で呼べとは言ったが、まさか折衷案で来るとは。彼女はへこたれない精神を持っているようだ。俺の方が根負けする。
「今行くよ。ほら、飯だってよ」
「兎獣人のご飯って不味くありませんか?」
「酷い! 今回はちゃんと研究しましたよ!」
モイモイという奴は、相手をズバッと一刀両断する癖がある。俺でさえニーカに対して面と向かって『不味い』とは言わなかったものを。
俺たちは昼食を摂った。
ニーカが運んで来たのは鯉の煮込み料理だった。
そして何故か狩猟組合の受付嬢が、俺たちと一緒にテーブルを囲んでいる。
彼女の名前はなんと言ったか。リゼだったかリネットだったか。……えっと、リサリサだったっけ?
「あの、お名前何でしたっけ?」
茶髪の受付嬢は咳ばらいを一つして「リゼットです。ニーカの同僚の」と自己紹介した。
「じゃあ、料理の説明を致します! 今回は鯉の麦酒煮を作ってみました! カムロ様が地下迷宮へ行くとのことで豪華な料理を作ってみました!」
ニーカが胸を張る。今回は自信作のようだ。
人参とジャガイモ、玉ねぎがごろっと入り大きく切られた鯉の切り身が、金色のスープに浮かんでいる。地下迷宮が過酷な環境ならば、豪華な料理はこれで最後。俺は手を合わせて「いただきます」と言うと料理を口に運んだ。
「……あれ? 美味いなこれ。臭みが全くないと言うか小骨だって多かったはずなのに」
「うん。とっても美味しいよ」
ラハヤも大絶賛だった。
「兎獣人の癖に、これほど美味い料理を作れるのだな……」
「兎獣人の癖に、人間の味覚に合わせてますね」
「モテないニーカの癖に本気で嫁ごうとしてるのね……」
「三人とも酷いですよぉ!」
モイモイもキセーラも、受付嬢リゼットでさえ「美味しい」と言っていた。三人が選んだ言葉はあれだったが、彼女の行いのせいだろう。自業自得だ。
だが、兎獣人と人間では味覚が違うと言うのに、ニーカはどれだけ努力したのだろうか。俺は素直にニーカを称賛していた。
「チェッカードさん。とても美味しかったですよ。ありがとうございます」
「でしょう! 私だってやれば出来るんです!」
少しばかり、ニーカに対して評価を改めた矢先である。
「ですから、カムロ様はお体を気を付けて、お金を稼いでくださいね!」
全てが台無しだ。一瞬にして真顔になった。男をATMのように見ている女なんぞ願い下げだ。
「すみません、ニーカって昔からああいう性格なんです」
リゼットがニーカに代わって謝る。
その日の内の、そんな一幕もあってから翌日の昼頃だ。俺たちは地下迷宮ヴィーシの入り口にいた。
地下迷宮は一見して石造りの遺跡のようだった。これが突然現れたと言うのだから、俺には氷をたらふく食わされたようなずしりと重たく冷たい感情になる。ラハヤたちも険しい表情をしていた。
班構成はいつも通り、俺にラハヤ、モイモイとキセーラに魔狼のクーだ。
地下迷宮入口の付近には医療班がテントを張って控えている。行方不明者を見つけたら、モイモイが魔法で作った小鳥で知らせる算段だ。
「良し、行こう」
地下迷宮に入って驚いた。
俺たちの眼前に広がる景色は、自然豊かな地下世界だったのだ。
天井には人工太陽のようなものまである。鳥や獣、爬虫類や虫だって住んでいる。それらが覆い茂る木や草花が生える地面を歩き、多様な生態系を作りだしていた。密の高い森が規則的に存在し、道も存在する。
これではまるでSFの世界だ。明らかに違和感のある景色だった。
「なんだこりゃ……。俺の想像を超え過ぎてるぞ」
「シドー、地下迷宮とは古代ドワーフが造った地下施設の総称なんだ。古代ドワーフが大陸の覇権を握り、同族同士で殺し合いを始めた時に造られたと言われている。その技術は我々の想像を超えているものだ」
古代ドワーフは俺の想像を超えた存在なのだな。
「この手の地下迷宮は珍しいですけどね」
モイモイは元冒険者だから楽しそうだ。
先導するのはキセーラ、その後ろを俺たちは続く。意外にも敵対生物はいない。ここまでは行方不明になった冒険者たちが掃除をした結果なのだろう。となれば、行方不明者がいるのはもっと下の階ということになる。
「シドーさんとラハヤに忠告を一つ」
「なんだ?」
「忠告?」
「地下迷宮には魔獣や魔族の他に、地下迷宮でしか生きられない魔物がいます。それらは奇怪で恐ろしく、猟師には想像つかないような相手です。くれぐれも注意してください」
モイモイの忠告に一層の警戒をした俺たちは、地下四階まで降りた。
この中で一番目のいいキセーラが、止まれのハンドサインを出した。
「前方にスキュラだ。シドー、どうする? 奴は行方不明者を抱いているようだが」
俺たちの目の前には、モイモイが言っていた魔物がいた。上半身裸の女性で下半身はタコ足。その蒼白い魔物は裸の男を腕に抱いていた。行方不明者だ。




