第四二話 エピローグ 帰路 後編
これで第一部は終わりです。ぼちぼち改稿しつつ第二部も早めに始めます。
整備用ロープは船体の上部に固定され、俺たちの命綱になっている。
なのだが、いかんせん高度二,〇〇〇メートルは寒いし息苦しい。プロペラの音と風の音もうるさかった。
「……やっぱ寒いな」
座して死を待つのは嫌だったため、猟銃を担いで登ったが、高度二,〇〇〇メートルで、しかも航空機の外に立って戦うような阿呆はいない。
もしいたら、そいつはスーパーヒーローかチャックノリスぐらいなものだ。
そして、今まさに俺は船外の甲板に立ち、雲の上で戦う阿呆になっている。
それにラハヤたちを付き合わせたのだから、誠に申し訳ない。
「マジで高いですねこれ!」
モイモイの顔が強張る。
「キセーラ、大丈夫か?!」
「……だ、大丈夫だ!」
足が生まれたての小鹿になっているキセーラは、傍から見ても高所恐怖症のそれだった。
「お兄さん、ワイバーンはあそこだよ!」
ラハヤの指さす方角を見る。
ワイバーンは鯨型魔導飛行艇の後方にぴったりついて飛んでいた。数は八体、翼開長は七から一〇メートルはあるだろう。その図体でこんな高度まで飛べるとは、つくづくこの世界は非常識だ。
俺は魔石実包が装填された猟銃を構え、前にゆっくりと進む。
「私も火焔魔法で攻撃しましょうか?!」
「いや、命綱に火が付いて死ぬとか最悪だから、魔法障壁とやらで俺たちを守ってくれよ!」
「仕方ないですねぇ!」
モイモイが詠唱し、俺たちを囲むようにドーム状の魔法障壁を展開した。厨二っぽい詠唱であったはずだが、いかんせん強風とプロペラの音で掻き消されている。
「シドー、来るぞ!」
ワイバーンが速度を上げ、鯨型魔導飛行艇の上に陣取った。ワイバーンの絶え間ない炎弾を、モイモイの魔法障壁が防ぐ。
彼我距離の正確な数値が分からない以上、目測で何とかするしかない。横にスポッターがいる訳もない。
ズバァーン!!
開幕一発。弾はワイバーンを掠めただけで外れた。素早くボルトを操作し、排莢と装填を済ませる。
「ラハヤさん、距離分かるか?!」
「ごめん! 私も当てずっぽうで撃ってる!」
「シドー、距離は一〇〇だ!」
キセーラがワイバーンの首を射抜いた。どうやらエルフは鷹の目を持っているらしい。一人一人が弓の申し子なのだろう。全員が那須与一と言っていい。
「分かった!」
ズバァーン!!
俺の撃った弾はワイバーンの翼を凍らせ、撃ち落とすことに成功した。クルクルと落ち葉のように舞って堕ちるワイバーンに目もくれず、ボルトを操作し、排莢と装填を済ませた俺はもう一度発砲する。
ズバァーン!!
また、ワイバーンの翼に命中した。面積の広い翼膜に当てるのは、距離さえ分かれば容易だ。今使っているのは氷属性の魔石実包。当たれば一発である。
キセーラがまた一体の首を射抜き、ラハヤが一体を撃退させるとワイバーンたちは踵を返して撤退して行った。
だが、奴らは帰り際に糞をしていった。悔し紛れの行為だ。
「案外楽勝だったな――」
――ツルッ!!
足元に落ちたワイバーンの糞で、俺は足を滑らせた。
ラハヤたちの驚く顔がスローモーションで見え「ひぃぃぃぃぃぃぃいい!!」悲鳴を上げながら甲板の後方へ一気に滑り落ちた。
その後の記憶は余り覚えていない。
ラハヤたちが引っ張り上げてくれた気がするが、恐怖の余り白目を剥いた俺は失神していたからだ。
元々高所恐怖症気味だった俺は、確実に高所恐怖症を発症させた。なぜだろうか。この世界に来てからトラウマが増えたような気がする。
斯くして、俺以外無事であり、帝都郊外の発着場に到着した。
馬車を御し、この世界の我が家となった屋敷に向かう。もう時刻は夕方だった。
車庫に入れ、馬たちを馬小屋に繋ぐ。
「シドー様ぁ!!」
お出迎えしてくれた兎獣人のニーカが飛びついて来た。俺は冷めた目で横に避ける。
「ぶべっ! ……酷いですよ! ここは普通、抱きとめる場面ではありませんか!?」
「馬鹿言わないで下さいよ、チェッカードさん。いきなり抱きつかれたら誰でも避けますよ」
これ以上疲労を溜めたくない俺たちは、さっさと各々の休息を楽しんだ。
風呂から出て、眠くなった俺もソファーに腰掛けてゆっくり休むことにした。
そうして今回の旅を思い出す。
いきなりこの世界に飛ばされて、神様に呪われて、ラハヤと出会ったかと思えば、猪に尻を掘られ、モイモイと出会い、腹に被弾し、クーに砂を掛けられ、恐ろしい魔獣を倒した。
帝都に向けて出発したと思ったら、野盗に頭を射抜かれて、俺の童貞が露見しそうになったかと思えば、性転換希望のじいさんと出会ったり散々なものだった。
リッチーを倒し、その報奨金がいつの間にかモイモイの借金返済にあてられて、守銭奴兎が押し掛けて来たのだ。この世界の女性はたくまし過ぎる。
いざ連邦に向けて出発したらストーカー被害に遭い、魔食会という迷惑組織のせいで大騒動が起き、それを苦労して解決した俺は素直に喜べない二つ名をもらってしまった。
やっと会えた神様の一柱と会話しても、俺は神器をもらっただけ。ラハヤも俺も謎が増えた。
帝都への帰路も酷い物だった。危うく地上に落下するところだった。
けれど、ラハヤたちとの旅は悪くなかった。そう、悪くはなかったのだ。これが俺の正直な気持ち。
まあ、楽しかったよな。
俺は酷くも楽しい旅を思い出して笑むと、横になり静かに眠りについた。




