第四一話 エピローグ 帰路 前編
「お兄さん大丈夫?」
「……なんで俺だけずぶ濡れなんだ」
俺だけ海から上がった半魚人のようにずぶ濡れだった。神鯨から白い鹿呼笛を渡されて、ずぶ濡れにされただけという理不尽な結果だ。
しかも、海の神だから陸のことなんて知りませんと、ありがたいお言葉を頂いただけだ。これから俺にどうしろと言うのだろう。やはり、次に会った時は銛でも突き刺して狩ってやろうか。
「シドーよ、何か聞けたかの?」
「俺は白い鹿呼笛をもらっただけですかね」
「ほうほう、それは神器の一つじゃな」
「確かにこれは神器だな」
ブラックリリーとキセーラが、神器だと言うのだから本当にそうなのだろう。だが、どこでこれを使うのか調べる必要がある。振り出しに戻った訳ではないが、一歩しか進んでいない。ここまでずっと頑張ったと言うのに結果がこれ。どうにも徒労に終わった感じがするのは否めなかった。
「ラハヤは何が聞けました?」
「うーん。私が聞いたのは大いなる獣を倒せばいいみたいな話だったよ」
その大いなる獣とやらが何なのかも、神鯨は話してくれなかった。答えだけ言っても凡人には理解出来ないということが、神様には分からないのだ。
むしろ、鯨だから分からないのかもしれない。どんなに高位でも所詮は畜生だ。
「シドーさん、これからどうするつもりですか?」
「ほんっと、どうするかなぁ……。ただまあ、今は風呂に入りたいよ。寒くて寒くて」
俺は身震いした。海水に塗れたこの体を温めたい。
「私がシドーの背中を流してやろうか?」
キセーラが俺の背中を擦り撫でた。違う意味で悪寒がした。セクハラは男女が逆転しても成立することをこいつは知らんらしい。
「馬鹿も休み休み言え。それと、擦るな撫でるな」
一筋縄ではいかない異世界の旅。
今まで散々ペースを早めて駆け巡ったが、一旦頭を冷やして腰を落ち着かせる必要がありそうだ。俺の心の休息のためにも。
それだけ今回の旅は色々とあり過ぎた。さながら終わりの見えないジェットコースターに乗っている気分だった。
うん、休もう。
「決めた。俺には休みが必要だ。明日は本土に戻って魔導飛行艇に乗って帝都に戻る」
「お主がそう決めたのなら、そうするが良いのじゃ」
「良し、戻ろう」
宿屋に戻り、高速外輪船で本土に戻ってから三日後。
ブラックリリーと別れた俺は、馬車を御し魔導飛行艇の発着場に向かっていた。
時刻は朝方で天気は晴天。目の前に見える巨大な魔導飛行艇は大きな鯨の形をしていた。シロナガスクジラに良く似た、長細くメタリックな船体だ。
船体のなだらかな上部にはプロペラが八基上向きに設置され、大きな胸ビレ部分には推進用の大きなプロペラが片舷四基ずつついている。
魔導飛行艇と言うから海から発進する物だと思ったが、それ以前にこうも航空力学を無視した形状だとは驚いた。しかも大きさは二〇〇メートルを超えている。
航空学の父であるジョージ・ケイリーが、これを見たら爆笑するだろう。
俺としては本当にこれは飛ぶのかという不安に駆られて「なんてことだ!」と叫ぶことのないよう祈っていた。
けれどもラハヤたちは目を輝かせている。これは恐らく初めて魔導飛行艇に乗る乗客になったからだと思われる。
馬車を鯨型魔導飛行艇のスロープへ進ませ、貨物室に車庫入れする。
指定の駐車位置で停めて馬車を降りる。船員たちが馬車を固定させ、馬を家畜用の貨物室に連れて行った。
俺は船員に礼を言い、俺たちは乗客席に向かう。
豪華な室内だ。赤いカーペットと純金で出来た装飾品の数々。
「成金趣味だな」
「成金ですね」
モイモイが半笑いする。同じような感想を抱いていたようだ。
「お兄さん、席はこっちだよ」
「これが飛ぶのだな。乗客は貴族か豪商ばかりではないか」
乗客は貴族か成り上がった商人で構成されていた。彼らは出資者なのだろう。
俺たちは席に座り、鯨型魔導飛行艇は音を立てて発進した。目的地は帝都ゲルト郊外にある魔導飛行艇発着場である。
雲の上を飛ぶ魔導飛行艇に感銘を受けた乗客が感嘆の声を上げた。
「お兄さん、見て。こんなに大きいのが飛ぶんだね。地上からは鯨が空を飛んでいるように見えるのかな?」
ラハヤのはしゃぐ姿を微笑ましく思う。
俺が八歳の時に元の世界で初めて飛行機に乗った時は、真っ青になりながら歯をガタガタ震わせ、客室乗務員の美人なお姉さんに笑われたものだ。
この世界の人々は余程胆が据わっていると見える。
「な、なあ、シドー、本当に空を飛んでいるぞ……。お、落ちはしないのか? 大丈夫なのか?」
キセーラが真っ青になりながら歯をガタガタ震わせていた。ご愁傷さま。
そんな昔の俺を思い出すような一幕もあり、連邦と帝国の国境線に差し掛かった時のことだ。
そいつらは突然現れた。
我が国の領空を侵犯する国籍不明機に対してスクランブルする空自機のように、ワイバーンの群れがスクランブルして来たのだ。誰がこれを予測出来ようものか。
「お兄さん、あれってワイバーン?」
「……ああくそ、最悪だ」
突如船体が大きく揺れた。ラハヤ越しに見える窓から煙が見える。ワイバーンから攻撃を受けたのだ。警告射撃すらないとは。
無論、乗客たちはパニックになった。悲鳴が船内を支配し「もう助からないゾ」なんていう輩もいる。
さらに悪いことに鯨型魔導飛行艇は武装をしていなかった。丸腰なのだ。ワイバーンが襲って来るなど想定外だったのだ。
「みんな落ち着くんだ! ここには干し鱈の騎士がいる!」
あー、ちくしょう。案の定だ。というかそろそろ、その二つ名は止めてくれ。
「そうだ! 大型魔獣を倒した英雄の干し鱈様だ!」
無理だと言える雰囲気ではない。同調圧力が一瞬にして出来上がってしまった。
同時に俺の中で何かが切れる音がした。
「ちくしょう! 何でこのタイミングで襲ってくるんだ! 俺は猟師なんだよ! 猟師はな、干し鱈とも縁がないし、化け物とも縁がないんだよ! それが普通なの!!」
「おー、シドーさんの魂の叫びですね」
「……すっきりしたから行ってくる」
俺は船員の元へ向かうと席を立つと、キセーラが腕を掴んで引き留めた。
「待て、シドー。本当に行くのか?」
「俺は行くけど、キセーラは怖いならそこに居ればいい。誰も責めないだろ」
「……私も行く。シドーに幻滅されるのは嫌だからな」
キセーラが奮い立ち、ラハヤとモイモイも立ちあがった。クーは寝ていた。
船員に人数分の整備用ロープを借りる。それを腰に巻き付けると俺たちは甲板に出た。




