第四〇話 神鯨に会いに行く 後編
神鯨ノ島に上陸し、宿屋で休んでからの夜。
俺とラハヤは神鯨に会うためにブラックリリーに連れられ、神鯨ノ島の中心にある遺跡へ歩いていた。キセーラとモイモイも重要な役割があるので同行している。クーは眠そうにしているが、荷物持ちとして同行していた。
「お兄さん、見て。陸ボタルが飛んでる」
辺りが一面銀河のように光り輝いた。真夜中の森の地面が夜空になってしまったように、淡く光る黄色い光が地面を覆っている。それだけではなく、ふわふわと発光する陸ボタルが非現実な感傷に浸らせる。
「これはすごい。他の言葉が思いつかないぐらいだ」
陸ボタル。それは沖縄のヤエヤマヒメボタルのような陸生蛍だ。
こうも美しい幻想的な景色を作りだす彼らを見て、俺は宙に浮くような感覚を覚えた。とても非現実で、けれども悪い意味ではない。心から感嘆出来る光景だ。
「シドーよ、余り浮つく出ないぞ。もうすぐ目的地じゃ。気を引き締めよ」
「ああ、分かってる」
「キセーラとモイモイは儂が事前に話したようにするのじゃぞ」
「まさか、私の魔力が、神様と会うために使われるとは思いませんでした」
「門の形成にハイエルフとダークエルフが必要とはな」
「それは仕方あるまい、キセーラ。元々二つの種族は同じ神から生まれたのじゃ。ハイエルフが陽でダークエルフが陰。二つで一つ……着いたようじゃな」
ブラックリリーの指示で、キセーラとモイモイが魔法陣を描き始める。
そうして描き終わり、ブラックリリーとキセーラが魔法陣の中央に立ち、二人で両手を合わせて祈り始めた。
「さあ、二人とも来るが良いぞ」
「分かった。ラハヤさんも行こう」
「……うん」
俺とラハヤが手を繋ぎ、魔法陣の中央に立つ。
目を閉じて深呼吸を二回ほど。
体の力が抜ける感覚がしたかと思うと、急に水の中に引き込まれるような感覚が襲った。
そっと目を開け、ぶくぶくと口から空気を出し、もがき苦しむと息が出来るようになった。
「ラハヤさん、大丈夫か?」
「大丈夫。びっくりしたけど、今は息が出来るみたい」
周りを見渡し、驚きに言葉を失った。
今まで陸にいたはずが、今では暗い深海のような場所だ。
薄気味悪く発光する深海魚の群れが通り過ぎ、星のように輝くクラゲが地から湧き出て、大きな深海鮫の群れが通り過ぎていく。
すると突然、朝になった様に明るくなった。
幽霊のように半透明な魚たちが、俺とラハヤの前を通り過ぎていく。何十と何百と何千と増えに増え、ふと老人のような低い声が響いた。
「汝が我を呼んだのか? 汝は何を望むのだ? 力か? 知識か? 金か? 権力か?」
声がする方向を向く。半透明な魚たちは既にいない。
そこには真っ白な大鯨がいた。
大きさは優に四〇〇メートルを越えているだろう。
神鯨の大きな黒目がじっとこちらを見据えていた。
「俺たちはあることを教えてほしくて会いに来ました」
「あることとは?」
「最初にラハヤさんから聞くといい」
「分かった」
ラハヤが胸に手を当てて、一つ深呼吸をすると神鯨に尋ねる。
「私に掛けられた呪いについて。それを解呪する方法が知りたいんです」
神鯨が大きく口を開けて、バゴンと閉じ水流を発生させる。大きな欠伸をしたように見えた。きっと彼にとっては他愛のない質問なのだ。
「答えは簡単だ。汝は大いなる獣に見初められ、それを反故にしたくば、隣の男に大いなる獣を狩らせればいい。ただそれだけのことだ」
「見初められた?」
「次は男の方。汝の言の葉を紡ぐが良い」
この神鯨。ラハヤが全く理解出来ていないのにも関わらず、本人は説明したつもりでいるらしい。俺は少しばかり嫌な予感がした。この神様は外れではないかと。
「……その、俺が知りたいのは、俺に掛けられた不死の呪いが解けるのかと、元の世界に戻れるのかの二つなんですが……」
また神鯨が大きく口を開けて、バゴンと閉じ水流を発生させる。
そうして低い声を大きくして言った。
「知らぬ! 汝が何故亜神のような肉体を持っておるのかも知らぬ。元の世界に戻れる? 内陸で起きたことを我が感知していようか? 海の神が陸で起こったことを感知していようか? 汝は我を軽んじておる」
逆切れだった。酷すぎる。
「え? あ、いや、でも神様同士で交流があると聞いたので、ここまでやって来たんですが……」
「どうせ、神馬と神鹿が馬鹿をやらかしたのであろう。ならば、我に出来ることは唯の一つよ。汝に神鹿を呼ぶ笛を授ける。これを持って早々に立ち去るが良い」
神鯨から金の装飾が施された白い鹿呼笛を渡された。
え? これだけ?
「あの、これの使う場所とか……」
「然るべき場所で、然るべき時に使えば良かろう」
「いやぁ、然るべきってのが抽象的過ぎて……」
神鯨が口をガパッと開けた。
「くどぉぉぉぉぉぉぉぉおおい!!」
神鯨の口がバゴンと閉じられ、急激な水流が巻き起こり、俺はぐるぐると飛ばされた。
「ほわあぁぁぁぁぁぁ!!」
そして、目を開けると陸だった。周りにはラハヤたちもいる。どうやらこれで神鯨との面談は終わったらしい。全く使えない神だった。




