第三九話 神鯨に会いに行く 前編
魔獣ベヘモスを討伐してから二日後の朝。
魔食会は既に行方をくらまし、他の逃げた大型魔獣の行方も分からない。
バレーナを救った功労者である俺は、街中を歩くたびに声援を受けるほど有名人になっていた。だが、その声援はどこか生臭い。
「あれが英雄の干し鱈様?」
「干し鱈様!」
「干し鱈様こっち向いて!!」
バレーナを散策すると『干し鱈様、干し鱈様』と老若男女の市民から言われる始末。
俺の名前を知らない者が殆どであるから、このような結末になるのは分かる。俺の背中に飾られた干し鱈が目立っていたし、仕方ないと分かっているのだが。
「俺の思ってた声援と違う」
例え戦う姿が滑稽でもとか言ったけど!! 意味が違うんだよ!!
「シドーさんは、すっかり干し鱈様になってしまいましたねぇ」
「ほんと、どうしてこうなった。色物英雄じゃねえか」
「生臭い活躍だったしな。……いやしかし、私は例えシドーが生臭くても一向に構わんぞ? むしろ多少匂いはあったほうがいい」
キセーラが頬を赤らめる。
「頬を赤らめて言うんじゃねえよ」
最後の言葉に至っては理解したくない。
「お兄さんが街を救ったんだから、恥ずかしがることはないよ。……活躍は見れなかったけど」
「私はちらっとだが見たぞ。やはり付呪魔法が本来の効果から逸脱している。矢じりにエンチャントしたところで、あのように魔法陣は展開されない。一枚もな」
「そうなのか?」
「猟銃という物がエンチャントと親和性が高いのか、シドーさんがエンチャントされた物を上手く扱えるのか……。ま、そんなことはどうでもいいんです。シドーさんが報奨金と叙勲を辞退したのが驚きです。これでは無償労働ではないですか」
俺はモイモイの言う通り、連邦国からの報奨全てを辞退した。それは単純明快な理由によるものだ。そして切実なものだった。
「これ以上、変な女に絡まれるのはちょっとな……」
モイモイとキセーラが小首を傾げるが、こいつらは自分が変だとは露程も思っていないらしい。
「お兄さん、これからどうするの?」
「実は噴水前に呼び出されてるんだ。ほら、あのダークエルフだよ」
噴水前に到着する。
そこにはゴスロリドレスを着て日傘を差す、ブラックリリーの姿があった。
見た目は幼い美少女で可愛く声も鈴の音のように可愛らしいのだが、正体は邪法で生き永らえる八〇〇歳越えのじいさんだ。ばあさんですらない。
「待っておったぞ、干し鱈の騎士殿。しかしあれじゃな、良くナッセンバルの魔獣牧場を見つけられたものじゃ、結界で隠してあったろうに。しかも魔獣ベヘモスの成獣を討伐するとは、流石干し鱈様じゃな」
「ああ、やっぱり隠してあったんですね」
ということは、スコールの落雷か突風で要の木が倒れたのか? なんて杜撰で迷惑な奴らなんだ。今度会ったら通報してやる。
「こいつがシドーが言っていた知人のダークエルフか? こいつの魂は変態のそれだな、ごちゃごちゃしている」
キセーラが眉根をひそめる。彼女にはどうやら他人の魂が見えるらしい。
だが、俺にもキセーラの魂の色が見えるぞ。こいつのはピンク色だ。賭けてもいい。
「お主、やはりハイエルフか。お主もシドーから聞いておるはずじゃが、儂は敵ではない。シドーの手伝いをしておるだけなのじゃ」
「まあ、そういうことだ。それで神鯨伝説はどうだった? 調べてたんだろ?」
この国には神鯨の伝説がある。それはとてつもなく大きな白い鯨の伝説で、この国の神鯨ノ島にいるらしい。島全体が御神体で、国家鎮護、水災消除を司っているとのことだ。
島に上陸し、然るべき場所へ行って簡単な儀式を行えば会える神様でもある。ただ、その儀式の方法を知る者はブラックリリーを始めとした一部のダークエルフやエルフのみ。
「うむ。今から神鯨ノ島へ行くのじゃ。ついて参れ」
「良し、じゃあ行こう」
俺たちはバレーナの港へ向かい、高速外輪船に乗り込む。この便はバレーナから神鯨ノ島を行き来する観光用の船だ。動力は蒸気機関と、巨大魔石による魔法動力のハイブリッドらしい。
太陽を模した形の外輪が舷側に二つある。船体の大きさは五〇メートルほどで、船の意匠も凝られている船だ。
波をかき分けて進み、赤い見事な長い冠羽を持つ海鳥が上空を飛んでいる。潮風が心地良く、船の揺れもまた心地良い。
「お兄さん、これから行く先で神様に会えるんだよね? 私たち、少しは進めるのかな」
甲板に立ち潮風を受けるラハヤは、ちゃんと進展があるのか少し不安なようだ。
「大丈夫だよ。きっと何とかなる」
ブラックリリーは船の中でこう言っていた。
『神鯨と会えるよう取り計らうことができた。他の神と交流を持つ神鯨に質問すれば、シドーとラハヤの望みに一歩近づけるだろう』
今から会う神鯨とやらが、どんな神様なのかは知らないが、望みは持っていた方がいいはずだ。伊達に神様をしていないだろうし、やっと見つけた手がかりが使えないなどと、最初から思ってはネガティブに過ぎる。
取り急ぎ。




