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第三七話 魔獣ベヘモス 前編


 俺たちの目の前で、こちらを気にも留めず、魔食会の面々は緊急会議を開いていた。


「おい、魔獣牧場はここだけじゃなかったのかよ? というか大型の魔獣が脱走ってやばいだろ……」


「大型の魔獣には大人しくさせる魔道具を嵌めておったんじゃが……」


「我々を連邦の軍隊だと勘違いして、早まった奴が一斉解放装置を作動させた。そうだな? ダークエルフ」


 キセーラが語気を強め、魔食会の面々が縮こまった。


 なんでそんなもの作ったんだ。


「いずれにせよ、地下迷宮から魔獣を連れ出すなんて犯罪行為です。特定魔獣種法を違反しています」


「なんだそれ?」


「まあ、簡単に説明するとですね……」


 一つ、召喚獣以外の魔獣の飼育を原則禁止。

 二つ、地下迷宮から魔獣を地上に持ち込むことの原則禁止。

 三つ、野外へ放つことの禁止。

 四つ、飼養等の許可を受けていない他者への譲渡や販売の禁止。


 だそうで、特定外来生物法に似た法律だった。


「頼む! 見逃してくれ! 我らも逃げた魔獣を討伐するから、この通りじゃ!」


 魔食会の長が平伏し、他の魔食会メンバーたちも一斉に平伏した。


「うーん。お兄さん、どうしよう?」


「まあ、冒険者さんたちが頑張るんだろうし……。ぶっちゃけ強い奴とは戦いたくねえな……」


「シドー、(ほだ)されてはダメだ。ここで許しては、こいつらは同じ過ちを繰り返すだろう」


「理屈はそうなんだろうけどな……」


 彼らの処遇に俺が頭を悩ませていると、魔食会の一人がキセーラの前に進み出た。彼の手には人面茄子があった。


「私はこれでも神聖処女隊だったのだ。賄賂なんぞで絆されはせんぞ」


「ハイエルフ様、どうかこれで手打ちに……」


 キセーラが人面茄子を見ると顔色が変わった。


「……これは恋茄子(こいなすび)か?」


「ええ、これで意中の相手を落とすことが出来ます」


「……良し! これで手打ちとしよう! ――痛っ!!」


 俺のチョップによる制裁を喰らったキセーラが、頭を両手で押さえる。


「何が、良しだ! お前が一番絆されてんじゃねえか! 賄賂云々はどうしたよ!」


「い、いやこれは惚れ薬的な物で、賄賂では……」


「なお悪いわ!」


 モイモイが溜息をついて前に進み出る。その顔は効果的な解決策を思いついたようだった。


「シドーさんもキセーラも甘いですね。交渉とはこうするのです」


 魔食会の面々が息を飲む。


「罪に問われたくないのであれば! 銀貨二〇〇枚で手打ちと致しましょう!」


 ……おい、これって。


 魔食会の長が銀貨が沢山入った袋を捧げる。


「ははぁ~! これでどうか! お許しくだされぇ!」


「うむ! これであなたたちは許されましたぁ!!」


 銀貨が沢山入った袋を覗いてご満悦のモイモイは、魔杖の石突を地面に立てて鳴らした。モイモイが行ったのは、金欲しさが故の恐喝である。ゲス過ぎて乾いた笑いが漏れる。


「ねえ、お兄さん、これって強と……」


「ラハヤさん、それ以上言ってはダメだ。こいつらと仲間なのが恥ずかしくなってくるから」


 魔食会の面々が安堵し、ラハヤが困った表情を浮かべ、モイモイとキセーラが満足な笑みを浮かべていた頃である。


『グゴオオオオォォウ!!』


 魔獣ベヘモスの咆哮が響いた。音が近い。ベヘモスはおそらく近くにいるのだろう。


「ベヘモスがこちらに来ているのか!?」


 魔食会の長が驚愕する。他の魔食会の面々も、恐怖に顔を青くさせていた。


「ラハヤには隠蔽擬態(インビジブル)を掛ける。これでベヘモスは通り過ぎるはずだ」


 キセーラがラハヤに向けて隠蔽擬態(インビジブル)を掛ける。


 小屋の鎧窓を開けて辺りを見渡すと、魔獣ベヘモスが地響きを立てながら通り過ぎて行った。その大きさは前に倒した時の個体とは、比べものにならないほど巨大だった。頭から尻尾の先までの大きさは、三〇メートル近い。


 体色は褐色で、丸太の如く太い尾を揺らす姿は筋骨隆々。太い前と後ろの脚には熊の爪を持ち、顔は狼でサイのような立派な角を持つ。口から見える牙は研ぎたてのナイフのように鋭い。


「あれは成獣のベヘモスですよ。あれぐらいになると軍隊でも倒せるかどうか」


「お兄さん、ベヘモスは下山してる、よね? このままじゃバレーナが危ないよ」


「そこの若いの!」


 魔食会の長が俺を呼ぶ。


「何ですか?」


「我らが育てていたベヘモスは魚しか食べておらん! しかも与えていたのは干し魚じゃ! このままではバレーナの民家に下げられた干し魚の匂いに釣られるのは間違いない!」


「シドー、考えている暇はないぞ。今すぐにでも下山してベヘモスに追いつかなければ」


「あー、くそっ、また厄介事かよ」


 俺たちは急ぎ下山し、ベヘモスを追う。下山に四〇分近く掛かったが、これでも急いで下山したのだ。


 ベヘモスの巨躯を視認できた頃には、連邦の数百の軍隊が長槍を構えファランクスを敷いていた。連邦のファランクスに対峙したベヘモスは咆哮を上げる。


「不味いですよ。相手は完璧な獣と呼ばれるベヘモスです。一撃の元に倒さなければ、喰らった攻撃を元に進化してしまいます!」


「お兄さん、あれを見て!」


 連邦の後列に配置された弓兵隊が一斉に矢を放った。


 絶え間ない矢雨がベヘモスに降り注ぐ。無数の矢がベヘモスに刺さった。


『グゴオオオオォォウ!!』


 咆哮を上げたベヘモスの体表にある毛が、ぶくぶくと鱗に変化する。これが完璧な獣と呼ばれるベヘモスの本来の力なのだろう。


「おい、哺乳類から爬虫類みたいになりやがったぞ……」


 ベヘモスの体に刺さった矢が抜け落ちる。既に全身の毛を硬い鱗へと変化させていた。


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