第三五話 秘密結社 前編
今回の狩場はトルリア連邦のバレーナ近郊の低山帯。この国特有の自然は、想像を超えて厄介だった。
眼前に広がるのは密に茂る樹木やツル植物で、幹が二股に分かれたところから着生植物が茂っている。この森は湿度も高く、気温も体感で二七度ほど。日本のじめっとした夏に似ている。
俺たちは汗を流しながらジャングルを進む。
悪路を進み疲弊した俺たちへ追い打ちを掛けるように、小型の魔獣が現れては襲って来た。
現在も俺の前方四〇メートル先に、唸り声を上げる魔獣がいる。
黒毛の野犬の姿をして、炎のような魔力を揺らめかせている魔犬ヘルハウンドだ。
俺は薬室に一発装填すると猟銃を立射に構えた。
ズバァーン!!
銃声が轟き、弾丸がヘルハウンドの首を貫通する。
森に入ってからこの魔獣を仕留めたのは、今ので四匹目だ。
ラハヤが三匹、キセーラが四匹、クーが一匹と全体で仕留めた数は軽く二桁を超えている。
そのどれもが、ラハヤを見た途端に襲い掛かって来た。ラハヤから香るのは虫よけの香草の匂いぐらいだが、魔獣が好む匂いでもするのだろうか。
流石に多過ぎる気がしたが、猪を狩るより効率良く金を稼げるのは喜ばしい。
ラハヤが狼煙矢を上げてゴブリン出張回収サービスを呼ぶ。
「狼煙矢、上げといたよ」
「……ああ、ありがとう」
蒸し蒸しと暑い。皮鎧を脱いでしまいたい。
ラハヤは既に緑のフード付きマントはおろか、ベストのような布服まで脱いでいた。
だが、暑すぎて彼女の谷間をチラ見する余裕すらない。
「シドーさーん」
「どした?」
「……私の水が切れました」
モイモイが皮製の水筒をひっくり返して、水が切れたことをアピールする。彼女の服装は見ているだけでも暑そうだ。汗でローブがひっついている。
「水ならクーが予備の水筒背負ってるから、それを取ればいい」
「シドー、ちょっといいか?」
キセーラが俺を呼んだ。彼女だけは涼しい顔をしている。
「なんだ?」
「魔獣が多過ぎる。それにこの山はおかしい気がするんだ」
「一旦下山するか? それとも狩猟小屋に戻るか?」
「これがラハヤに掛けられた呪いだとしても、この魔獣の遺骸に違和感を覚えないか?」
「なんだ? 切り上げる話じゃないのか」
暑さのせいで思考が鈍っている。話が少し噛み合っていない。
キセーラがヘルハウンドの遺骸をずるずると引きずり、俺の前へ投げた。
遺骸をよく見ると、耳に標識のようなものがついていた。それは家畜の牛や豚の耳につける耳標のようなタグだった。
番号は二七四。
「こいつらが自然発生しただけの存在に見えるか?」
キセーラの問いに俺は首を横に振った。
「こいつら、家畜に見えるな。魔獣が獣の群れに混じっているのは、土地柄かと思ったが」
だが、家畜であったと仮定しても、こいつらの肉なんて食えやしない。
如何なる種類であっても、魔獣の肉は腐臭がする。利用できるところは皮や牙、骨、胃から獲れる魔石だけだ。倒した後は埋設処理をする冒険者も多いと聞く。家畜にしたところで何になると言うのか。ペットにでもする気だろうか。
「お兄さん、ゴブリンさんたちが来たよ」
「ああ、分かった」
俺はヘルハウンドの遺骸から耳標を外し、腰袋に入れた。
ゴブリンたちがヘルハウンドを荷車に乗せて帰るのを見送る。
急に激しい突風を伴う豪雨が降り始めた。視界が悪くなるほどのスコールだ。ピカッと空が光り、雷も鳴り始めている。木の近くは危険だ。
「こっちに洞窟を見つけました!」
モイモイが見つけた洞窟に避難した俺たちだが、全員が濡れに濡れていた。
モイモイが火を魔法で起こす。女性陣は衣類を脱いで体を拭き、服を乾かしているようだ。彼女たちの話し声が聞こえるが、聞き耳は立てていないので内容までは分からない。
俺は洞窟の入り口に座ると、雨空を見上げた。気温も三、四度は低くなっている。
次の行動をどうするのかという疑問もあるが、それよりもヘルハウンドに付けられていた耳標が気になる。
俺は耳標を腰袋から取り出し観察した。
表面は二七四と書かれた番号。裏面は七芒星の中央に口のマーク。牧場経営者が考えたマークというよりは、オカルト研が必死になって考えたマークに見える。
「お兄さんの持ってる、それはなに?」
バスタオルで身を包んだラハヤが隣にしゃがんだ。
「魔獣の耳についてた耳標、だと思う」
「やっぱり私のせいで魔獣が寄ってくるのかなぁ」
「ラハヤには魔獣ホイホイの称号を与えましょう! あ、シドーさん、これお昼ご飯です」
「ああ、ありがと」モイモイから手渡された乾パンをかじる。モイモイもラハヤと同じようにバスタオルを羽織っていた。彼女はプールから上がった中学生に見える。色気もなにもありゃしない。
「……魔獣ホイホイ」
ラハヤが気落ちする。モイモイは決して悪口で言った訳ではない。思わぬ収穫で小金が稼げることを喜んでいるだけだ。ただ、些かデリカシーに欠ける言葉ではある。
「シドーさんの持ってるそれ、七芒星が描かれてますね。ラハヤの内股にある紋章も七芒星でしたよ」
「そうなの?」
「あれ、そうだっけ?」
ラハヤが後ろを向く。
「あ、ほんとだ」
バスタオルを広げて内股にある紋章を確認しているようだが、俺の近くで確認するのは止めて頂きたい。良からぬ想像をしてしまいそうだ。
「ラハヤ、モイモイ、二人の服が乾いたぞ。そこの男が居た堪れない顔をしているから早く着てやれ」
「うん。すぐ行くよ」
「そうなんですか?」
「さっさと行け」
ラハヤたちと入れ替わりでキセーラが隣に来た。
「残念だったな。私は服を着ている」
「馬鹿言ってないで、要件を言え要件を」
「……そう急かすな。さっきの魔獣のことなんだが」
「やっぱり人為的なのか?」
「こんなことをする奴は黒魔導士しかいない。だから提案なんだが、雨が上がったら今日は狩猟小屋に泊まって翌朝探索をしないか?」
「危険なことは嫌なんだが」
「黒魔導士の悪事を解決すれば、シドーの潔白は証明できるはずだ。今後、精霊国に行かないつもりであるなら解決しなくてもいい」
「ラハヤさんのこともあるし、どうするかな」
これから先、精霊国に行くことはラハヤに掛けられた呪いを調べる上で重要である。
しかし、入国した直後に捕まりたくはない。
「もっと理由をくれてやろう。夏に魔導飛行艇が運行されると私は言ったな? その記念式典には各国の君主や首脳、要人がこぞって参加する。あの魔獣が人為的に繁殖されたものだとしたら、それらが式典に放たれたらどうなると思う?」
「大惨事だよな」
「まあ、シドーに聞く前に二人に話したから、行く選択しか残ってないんだ」
キセーラは勝手に話を進めていたようだ。
「……俺が居ない間に決めやがって」
「布一枚の女の中に加わりたかったのなら、シドーのことも呼んだぞ?」
キセーラの性格は変態で意地が悪い。なので彼女の揶揄いはスルーである。
「まあ、行ってみるか」
俺は奥地へ探索することを決めた。
こうして狩猟小屋に戻り、翌日の早朝である。
俺たちは魔獣を狩りながら進むと、開けたところに出た。
二〇〇メートルほど先の小屋が建ち並ぶ場所には、黒魔導士がわんさかいた。
双眼鏡を覗き人数を確認する。ざっと見えるだけでも二六人いる。
彼らは魔獣の繁殖をしているようで、良からぬことを企んでいるのは間違いなさそうであった。




