第三二話 追跡者(ストーカー) 後編
村長宅の厨房を借りてラハヤが料理しているというので、僭越ながら俺も手伝うことにした。ラハヤは芋の皮を剥いている。鍋の中を見るに、ポトフのようなスープを作っているようだ。
「お兄さん、手伝ってくれるの?」
「まあ、そりゃね。お礼に村長さんたちの分まで作るなら時間かかるだろうし」
「うん。ありがとう、助かるよ」
野菜を切りながらラハヤと他愛ない談笑をしていた。
俺の過去とか。彼女は俺の自衛隊時代について興味があるようだった。
これは余り面白い話ではない。俺は言葉を濁した。人に話すべきではないのだ。
それでもラハヤは「教えてほしい」と言った。
自衛隊を辞めざるを得なくなったあの時の話は、今でも鮮烈に覚えている。綺麗さっぱり忘れようと思っても、忘れられるようなものではなかった。
「あまり面白い話じゃないよ? 治安の悪い国に派遣されて、車両で巡回してたら助けを求める現地住民がいてさ。見に行ったら現地住民の家族が銃を突きつけられて殺されそうだったんで助けたんだよ。そしたら色々な人に酷く怒られて、居られなくなって辞めたんだ」
本当に偶然、現地住民の処刑現場に出くわしてしまったのだ。安全だと言われていたルートだった。それは突発的な事故のようなものだった。駆け付け警護ではない、あれは駆け付けられ警護だった。
こんな偶然に当たるなら、宝くじにでも当たったほうがマシだ。誰もがそう思っただろう。
「助けたら怒られるの?」
傍から聞けば酷い話に聞こえる。
だが、俺は過激派組織に向けて発砲してしまった。撃った弾丸は過激派組織の手を吹き飛ばした。危害を加えてしまったのだ。
素手で行けばまだ良かったはずだ。冗談抜きで。
LAVに乗った同僚や上官からの罵倒を受けながら、俺は走り現地住民を保護した。
その行為で小規模な交戦に発展させてしまったのは言うまでもない。こちらに損害がなかったのが不幸中の幸いだっただけで、仲間を危険に晒したのは紛れもない事実だ。
罵倒されて殴られて帰国した時には、悪い意味で有名人だった。
銃所持許可が下りたのは、これまた偶然俺の味方になってくれた警官たちが口利きしてくれたからだ。
本来ならば、あのようなことをしでかした俺に下りるはずがない。
起訴されなかったのは、俺のことを泣きながら怒ってくれた上官が裏で助けてくれたからだ。
本来ならば、あのようなことをしでかした俺は起訴されて刑務所にいる。
「ほら、面白くなかっただろ?」
「……お兄さんの国の事情とかは知らないけど。私はお兄さんがどうなっても、お兄さんの味方になりたいって思うよ」
「そっか」
少ししんみりとしてしまった。もしあの時のどん底にいた俺の隣りにラハヤが居てくれたら、ガチで恋をしていただろう。
しかし、現在は色々と吹っ切れている。今では苦い思い出に過ぎず、すっきりと晴れやかであるし反省している。
『辞めてもお前の生き方は変えなくていい』と世話になった上官が言ってくれたから、生き方も変えていない。結局俺という男は何も変わっちゃいないのだ。
ふと背後に視線を感じる。前より強い。刺すような視線だ。
「お兄さん?」
「いや、また背後から視線が……」
「誰もいないよ?」
ラハヤの言う通り背後には誰もいない。気配も消えている。俺の猟銃でも狙っているのだろうか。不気味だ。
「……廃砦から良からぬものでも連れて来ちゃったか?」
怨霊とか悪霊とか。
ラハヤが青ざめる。あの時のことがトラウマになっているのだ。可哀想に。
そして、夜寝る時のことだ。
俺は割り当てられた部屋で寝ようと部屋に向かう。
なのだが、ここ最近の朝方のこともある。ラハヤとモイモイに頼み込んで、一緒の部屋で寝ることを許してもらいに行った。床で寝るからとも言ったのだが。
「男女が同じ部屋で寝る意味、解ってます?」
正座で頼む俺に、モイモイが難色を示した。
「やっぱ、不味い?」
「宿屋であっても別の部屋です。だって、同じ部屋に寝るということは、そういうことをするという意味ですから」
「でも、お兄さんも困ってるみたいだし……」
「ラハヤは甘いですよ。シドーさんが仰るような視線を、私たちは感じなかったのですから。きっと邪まな思いを抱いているに違いありません」
「そ、そうだよな……」
帝都でラハヤのパンツを握っていたのを見られた弊害か。あれだって事故だったんだぞ。
「私がシドーさんの部屋に行って警護をするというのはどうでしょう?」
「いや、やっぱいいわ。俺は一人で寝る」
非常識なことはしないほうがいい。俺は立ち上がって部屋を出ようとした。
その時だ。
ひとりでにスゥっと部屋の扉が開いた。
俺はその場で固まった。何も見えない。見えるのは空気だ。気配だけがする。
ラハヤとモイモイが、お互いに抱き合って震えていた。
「……ゆ、幽霊?」
「ほ、ほんとに何なんですか! 見えない幽霊なんて非常識ですよ!」
……非常識代表なお前が言うな。
「ま、まあ俺は寝るよ。お休み」
俺がラハヤたちの部屋を出ると、ひとりでにスゥっと部屋の扉が閉じた。
俺の部屋までついて来てはいないようだが、念のために猟銃のボルトは外す。銃袋ごと猟銃を紐でベッド裏に固定し、容易に持ち出せないよう厳重にした。
雨も止んだ朝方。
何か重いものが俺に乗っかっている気がした。
金縛りか?
はっと目覚めてぶん殴る。感触はなかったが、明らかに足音がした。続いて部屋の扉が乱暴に開けられた。
「解呪!!」
モイモイが解呪の魔法を唱える。待ち構えていたようだ。
「やったか!?」
「いえ、残念ながら当たってません。ですが、どうやら犯人は魔法を使えるようです」
「魔法を使える犯人か。実はモイモイ?」
「そんな訳がないでしょう!」
「でもなぁ、俺の周りに非常識な奴ってお前だけだし」
「……そこまで言うのなら犯人を探し出して見せましょうか」
「どうやって?」
ラハヤが部屋から出て来た。その手には羊皮紙で作られた本を持っている。
「私たちの部屋にこれが落ちてたんだ。暗号化の魔法が掛けられてて私は解けなかったけど、モイモイさんなら解けると思う」
「頭がアレだが頼りになるんだな。ほんと頭はアレだけど」
「終いには私だって怒りますよ?」
俺たちを追跡する不審人物の本を手に入れた。取り返しに来る犯人を、逆に捕まえてやることも出来る。今まで散々に俺たちを追いかけまわしてくれたツケを払わせる時は近い。その時は頭を一発ぶん殴ろう。
そして、泊めてくれた村長に礼を言うと、馬車を御してシュトガルドを目指した。
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