第三一話 追跡者(ストーカー) 前編
その日の夜。
俺はラハヤとモイモイが寝るテントを立てていた。
「お兄さんだけ荷台で寝るの?」
「一緒に寝る訳にはいかないだろ。ラハヤさんやモイモイだって若いんだから自分のことを大事にしないとさ」
「……私は別に」
「ラハヤも早く寝ましょう! 明日だって早いんですから」
「俺も火の後始末をしてさっさと寝るかね」
ラハヤが「うん。じゃあ、また明日ね」と言ってテントの中に入る。
火の後始末をした俺も、荷台で寝ることにした。
大きく伸びをして夜空を見上げる。満点の星空は俺の故郷である北海道に似て美しい。まん丸の月も輝いている。
そんな美しい夜空を見ながら、ふと我に返ってしまった。
……ジムニー大丈夫かなぁ。また俺は世間を騒がしているんだろうか? 親戚の牧場に迷惑かけてなければいいけど。
景色に感嘆していたはずが、元の世界のことを思い出して嘆きだけになってしまう。ここに来てから早くも二ヵ月近く過ぎているのだ。残して来たものを心配するのは無理からぬこと。少し悲しい。
俺は荷物を整えて、寝床を作り仰向けに寝転んだ。
やはりこの世界は思考停止しなければやっていられない。
早く寝てシュトガルトを目指そう。拉致されたと思わずに観光であると言い聞かせれば、少しは気分も安らぐと言うものだ。
深く目を閉じレム睡眠に至る。
『……はぁ、はぁ、はぁぁぁ』
クーだろうか?
荒い吐息が顔に掛かる。これは夢か、それなら、なぜクーが出てくるのだ。あいつはラハヤたちと寝ている。
『……はぁ、くっ、あぁ』
荒い吐息が顔に掛かる。ベルガモットのような柑橘系の香りがした。爽やかな香りだ。
『……く、ふっ、ん、んん、あぁ、はぁ』
荒い吐息が顔、いや口に掛かる。
俺は飛び起きた。周りを確認するが見えるのは荷物だけで誰もいない。時刻は早朝の五時頃だ。朝日が昇り始めている。
荷台から降りて辺りを見る。野盗がいるのなら、この街道は危険だということだ。
テントを覗くが、ラハヤとモイモイはぐっすり寝ていた。彼女たちの間にはクーが寝ている。狼の癖にいいご身分だ。
馬車の馬を見る。馬は既に起きて草を食んでいた。
もう一頭の馬の様子を見ようと裏に回ると、女のエルフが馬を撫でていた。
ショートヘアの金髪で碧眼。背丈はモイモイより高くラハヤより低い。その人物は神聖処女隊を辞めたキセーラ・マクセルだった。
「シドーだったのか。奇遇だな」
キセーラが微笑み挨拶する。いつもながら、軍人めいて凛とした声だ。
「ああ、奇遇だな。廃砦の騒動の後、すぐにいなくなったから、どうしたのかとは思ってた」
俺は驚きつつもキセーラの姿を見て安心していた。
「本国に報告していたんだ。シドーはシュトガルドに向かっているのか?」
「え、ああ。そうだよ。観光街って話だから、まあ、観光も兼ねてだな」
「そうか。実は私もなんだ。シュトガルドはエルフの観光客も多いだろう? だから私も行ってみたくてな」
彼女は冒険がしてみたくなったと言っていた。この世界の冒険は危険が伴う観光のような物だ。
今まで俺が感じたように、新たな発見や体験を喜べる利点もある。ユニコーンの管理などという閉鎖的な職場にいた彼女の目には、全てが新鮮に映っていることだろう。
「では、またな」
「ああ、キセーラも気を付けて」
キセーラは去った。
その日の昼頃である。ラハヤとモイモイが川で水浴びを終えて、俺の番となった。二人が水浴びへ行く時、モイモイに「覗きはダメですからね」と忠告された。もうちょっと胸に脂肪を蓄えてから言えと、俺は言いたい。
そうして桶で川の水をすくって川辺で頭を洗っていると、また鴨天が飛び去った時のような視線がした。誰かにじっと見つめられているような気配だ。
「誰だ? 気のせいか?」
水浴びが終わり、草原で用を足している時も同様の視線を感じた。
穴を掘って用を足した跡に土を被せる。未だに視線を感じるが姿は見えない。
そんな誰かの視線を感じ、三日目の朝を迎える頃には神経質になっていた。
「お兄さん、大丈夫?」
「なんだか見られてる気がするんだよ」
「シドーさんは神経質になっているのでは?」
「俺もそう思いたいけどよぉ……」
「もしくは自意識過剰になっているとかではありませんか?」
この日の朝方にまた顔に掛かる吐息を感じたのだ。しかも、何故か俺の胸がはだけていた。訳が分からない。
「あ、雨が降って来たみたい」
雨だ。しとしとと降る雨が次第に強まっている。
「近くの村に行くか」
「それはいいですね。久しぶりにベッドで寝たいです」
近くの村に行き、保存食と引き換えに村長の家に泊まらせてもらう。
村長に案内され、部屋に向かっているとキセーラの姿があった。雨が急に降って来た時にとる対応は同じ、ということだろうか。キセーラも衣服を濡らしていた。
「あれ? キセーラも避難してるのか?」
「ん? ああ、そうだ。急に雨が降られたからな。ふふ、お前と一緒だ」
首にタオルを掛けるキセーラは、俺を見て笑うと部屋へ戻った。
俺たちもまた、借りた部屋に入る。あの視線の主は一体誰なのだろうか。野盗であるなら気を付けたほうが良いだろう。
「今は考えても仕方ねえか」
その日は村に泊まり、翌日を待つことにした。




