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第三十話 鴨天

 

 馬車を南に走らせ、帝都ゲルトに一番近い南街シュトガルトに向かう。道中四日掛かるが、川沿いの街道を走らせるのは中々に楽しいものだ。


 それにシュトガルトは温泉が有名で、エルフの国から観光客も多く来る観光街でもあった。帝都にあった大衆浴場とは、また違う楽しみ方が出来そうである。


 そろそろ昼前だ。俺は馬車を道端に止めて昼休憩を取ることにした。


「お兄さんって御者も出来るんだね」


「自衛隊辞めた後は親戚の牧場に転がり込んだからな。俺は馬も乗れるぞ」


 その牧場は牧場内を馬車で回るサービスと、ホースセラピーもやっていた。ホースセラピーとは、アニマルセラピーの一種で乗馬療法のことだ。なので俺は馬車を御することも出来るし、馬の扱いも叩き込まれている。


「私は乗馬出来ないから素直に羨ましいな」


「機会があったら教えようか」


「シドーさん、クーがこんなものを見つけて来たんですけど。これって何の卵ですか?」


 モイモイが三つほどの青白い卵を抱えていた。


「鴨の卵じゃないか?」


「うん。尾巻鴨の卵だね。お昼に食べちゃう?」


 この世界の鴨である尾巻鴨も春頃に産むらしい。前にちらっと見たことがあるが、三つに分かれた長い尾羽が上方向にカールしていた。


 俺の世界でこれと似ているのは、アオナと呼ばれる鴨だ。配色はアオナのようなモノクロではなく、赤茶と白のツートンカラーだったという違いはあるが。


 そしてこの卵の親だと思われる親鴨をクーが咥えていた。ラハヤがクーから鴨を受け取るの見て、俺はいいことを思いついた。


 鴨の卵を使えば天ぷら衣が作れる気がする。ちょっと濃い衣になりそうだが悪くない。鴨は捌いて鴨天にしてしまえばいい。食用油も荷台に積んである。


「良し、ラハヤさんは食べられる野草の採取」


「うん分かった。獲って来るよ」


 ラハヤが意気揚々と採取に向かう。


「モイモイは野菜ぐらい切れるだろ?」


「それぐらいなら出来ますよ」

 

 モイモイが調理の準備を始めた。彼女が包丁を持っている様は見たことがないが、年頃の女の子なのだから出来るだろう。


「まずは鴨だな」


 俺は鴨の足に紐を括り付け近くの川に行く。鴨を水洗いし、放血と冷却を行った。


 川の水は九度ほど。だいたい十五分ぐらい川の水に漬けた。


 冷却を終えて次の工程に移る。


 肛門周りの羽と毛をむしり、ナイフで肛門周りをぐるっと切り取る。腸を切らないように指でつまんで引っ張り、小腸まで引っ張り出して砂肝近くで切り取った。


 今度は体全体の羽と毛を無心でむしる。棒毛もむしるのだが、この毛が一番面倒臭い。


 翼と足、首を山刀で断ち切った。ぼんじり肉も断ち切ってクーに投げ渡す。


 それをジャンプしてキャッチするクーは上機嫌だ。後で腸も細かく刻んでクーにくれてやるとするか。


 ここまでの所要時間は四〇分ほど。


 羽毛を焼こう。今回はモイモイの火焔魔法で炙ってもらうことにした。


「私は調理器具ではありませんよ?」


「お前の物騒な能力の平和的な利用法だ。観念して手伝え」


「……幼火(タイニーファイア)


 モイモイは屈むと、今にも消えそうなほどのテンションで指先から火を出した。あの厨二っぽい詠唱もない。


「そのままだぞ」


「…………」モイモイから目の光が失われている。


 鴨の羽毛を燃やして綺麗にし、たわしでこすりながら川の水で洗い流した。


 ようやく精肉に移れる。


「お兄さん戻ったよ」


 ラハヤが野草を抱えて戻って来た。ツクシとクレソンのような野草だ。


「お、ツクシみたいなのもあるんだな」


「うん。お兄さんの国ではツクシって言うんだよね」


 この世界では狸ノ尻尾と呼んでいた。見たまんまの名前なのだろう。


「そうツクシって言うんだ。あー、モイモイが苦戦してるから手伝ってあげてくれ」


 親の仇のように、野菜に向かって包丁を振り下ろしているモイモイは見ていて危ない。


「うん。分かった」


 そうして手羽、もも、胸肉に解体し、心臓、砂肝、レバーも取り出した。レバーを取り出す際は、胆のうを傷つけないように注意が必要だ。胆のうはもちろん捨てる。


 ここまでで一時間。時刻は正午前である。


 俺は誰かの視線を感じた。


 振り返るがラハヤとモイモイは、野菜や野草を調理している。彼女たちの視線ではない。


「気のせいか?」


 気を取り直して調理を続ける。割った鴨の卵と冷水、薄力粉を混ぜ合わせ天ぷら衣にする。鶏の卵で作ったものより少し弾力がある衣だ。


 こうして食材に衣をつけて揚げ、天ぷらをでっちあげた。いざ実食である。


 皿に盛られた鴨天、野菜や野草の天ぷらは懐かしさを感じさせる。


 するとまた俺は視線を感じた。


 ラハヤとモイモイが美味しそうに食べているので、彼女たちの視線ではない。


 俺は鴨天に塩を振って食べながら、視線の主を探した。


 鴨天の懐かしい味を楽しむ余裕もない。苦労して作ったというのに腹が立つ。


「お兄さん、どうしたの?」


「誰かに見られている気がするんだよなぁ」


「シドーさん、鴨天いらないのなら私がもらいます!」


 モイモイが俺の皿から鴨天を奪い去ると頬張った。


「おいこら」


「めちゃくちゃ美味しいです。シドーさんの揚げ物」


「野草を揚げたのも、すごく美味しい。こういう食べ方は大発見だね」


「いや、まあ、喜んでくれるのは嬉しいんだが……」


 俺が目を離している内に鴨天がまた消えた。モイモイを睨むが麦酒を飲んでいたので、どうやら違うようだ。


 俺も麦酒を飲む。飲酒運転になりそうだが、この世界にそんな法律はないから大丈夫だ。この街道を進む他の人や馬車もない。無人無罪、異世界無罪だ。


「ねえ、お兄さん……」


 ラハヤが目を丸くして指さす。俺は後ろを振り返ると、思わぬ光景に息を飲んだ。


「か、鴨天が浮いてるだと!?」


「あ、鴨天が逃げ始めました!!」


 宙に浮く鴨天が一目散に逃げた。


「ちょ、待てよ!! 俺の鴨天!!」


 俺は皿とフォークを起き、逃げる鴨天を追った。


 だが、忽然と消えてしまった。何が何だか分からない。


 この世界は鴨天が飛ぶのか?!


 そして、その後の道中も誰かに見られている気配がした。


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