第二五話 悪霊怨霊パラダイス 後編
これで助かったとは素直に喜べない。なぜなら彼女たちエルフがいるということは、この騒動が広範囲に影響を及ぼしているということだ。ブラックリリーがもし捕まれば、俺たちに罪をかぶせてくることも考えられる。手も足も引っ張られてしまう。
しかしながら、そのようなことを考える暇さえない。
突如ラハヤの腰から紐で吊るされた二羽の鳥が、奇声を発しながら俺とラハヤに襲い掛かったのだ。
『ケェェェェエエ!!』
「……ひぃっ!!」
「あ゛だだだだっ!! 痛ってぇっ!!」
ラハヤが青ざめて俺の胸に顔を埋め、俺は頭をつつかれた。この鳥は死んでいるはずなのに、これではB級パニックホラーだ。
二羽の鳥がキセーラによって射抜かれ、浄化されて消えた。悪霊とか怨霊とか幽霊とかの類は、俺のいた世界ではフェイクの存在だった。それがこの世界では実在して危害を加えてくるのだから恐ろしい。
「大丈夫か!? 早くこっちへ来い!」
木を足場に駆けるキセーラを追い、モイモイが待機している場へ出た。エルフたちが結界を張り、冒険者たちや猟師たちが逃げるのを支援している。阿鼻叫喚の冒険者や猟師たちは、かわいそうなぐらいに震えていた。深きものどもを見た探索者のようだ。
結界の中にいる彼らは恐怖の余り放心し、モイモイも震えながら虚空を見つめている。ラハヤにとって仕留めた鳥に襲われたのが、正気度にクリティカルヒットだったのだろう。ぶつぶつと呟きながら空を見上げていた。
「廃砦へ向かった者は戻ったか?」
「キセーラ様。廃砦へ向かった者たちも保護しております。ですが、こうも怯えてしまっては……」
「誰かハープでも弾いて落ち着かかせてやれ」
キセーラの指示を傍らで聞きながら、魂の抜けたラハヤとモイモイを見て俺は溜息をついた。二人とも幽霊の類が苦手だったとは、今回の依頼は相性が悪すぎる。俺ですら正気度が直葬されかねなかった。
「シドー。なぜお前がここにいるんだ?」
「それはこっちの台詞だろ」
こうして話している間も、結界の外は悪霊怨霊に憑りつかれた獣や鳥でごった返している。どったんばったんの大騒ぎだ。ここへ逃げて来る冒険者たちの悲鳴が、背景音楽と化していた。現状の酷さに頭が痛くなってくる。
「私は神聖処女隊を辞めて帝都へ移動していたんだ。そこで本国から派遣されたエルフたちにこの騒動を聞き、手を貸すことにした。ここまで大騒動だとは思わなかったがな」
「……廃砦に行っている者はいないんだよな?」
「ああ、そうだ」
エルフに保護された者たちは戦意喪失。廃砦に行っていた者たちも逃げ帰った。これなら小細工を弄さなくてもいい。問題は当てにしていたラハヤとモイモイが戦えなくなってしまったことだ。
「……俺一人で行くっきゃないか」
辺りは既に暗闇で、暴発や誤射の危険性をなくすために猟銃から実包を抜く。脱包という操作だが、ただでさえ大混乱な現状では最重要だ。
「その黒い杖は使わないのか?」
「ああ、夜は使えない」
俺は立ち上がって、焚火の近くで放心する仲間たちを一瞥すると廃砦に向かって歩き始めた。とことこと聞こえる足音に振り返ると、クーが後ろを付いて来ていた。
「クーは一緒に来てくれるのか?」
「……」お座りして首を傾げるクーに、俺はしゃがんで頭を撫でようと手を伸ばす。今回ばかりは頭を撫でさせてくれるようだった。
「待て。私も行く」
「結界の維持はいいのかよ?」
「今自由に動けるエルフは私だけだ。適任だろう?」
俺としては監視がついたようで素直に喜べなかったが、頼もしいのもまた事実。心境は複雑だ。
こうして俺とクーとキセーラの即席パーティが結成され、廃砦へ足を踏み入れた。




