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第二二話 死霊術士の置き土産 前編


 弾は前から飛んでくるとは限らない。これは後ろ弾のことだが、まさか異世界に来てやられるとは誰も思わないだろう。


 前回の廃砦探索から戻って俺がまずやったこと。


 それは破損した皮鎧と布服を買い直し、皮製のバックパックを新しく買ったことだ。銃袋も破れていたのだが、猟銃を収納できるような袋は取り扱っていなかった。防具店の店主が言うには一から仕立てる必要があるらしい。


 バックパックの中身や熊爪の首飾り、狩猟者記章と狩猟組合からもらった小妖精(ピクシー)のバッジが無事だったのは、幸運だったと思っておこう。かなり高値だったが、ドヴァの鍛冶屋で異世界製実包も六〇発ほど購入した。


 そして最も大事な、やるべきことがある。


 俺の前には正座をさせられたモイモイがいた。


 宿屋の部屋で、という慈悲は与えた。だが、腹の虫が収まらない。軽率な行動を改めさせるためにも、軽い仕置きと説教は必要だ。


「お前はもう少し自制を覚えるべきだ」


「……久しぶりに、ぱぁーっと燃やせると思ったらつい」


「お前はマッチ一本よりも危ない火事の元だと自覚しろ。クーだってなんであの時俺に噛みついたんだ? おかげで避けられなかったんだぞ」


「あれは魔獣ボラークの魅了からシドーさんを守ったんですよ」


「なんだって? 魅了?」


 ……妙にそそられると思ったのは、溜まっていたからではなかったのか。


「そうですよ。危うくシドーさんは操られる寸前だったんですから」


 俺はモイモイの真横で、お座りしたまま溜息をつく魔狼のクーを見る。


「……そうだったのか、そりゃ悪かった」


「スゥ~。……プフゥ~~」


 何だか腹立つ顔でクーがもう一度溜息をつく。一応あの時は助けてくれたらしいが、小憎たらしい顔だ。


「あの、そろそろ足が痺れて来たのでもういいですか?」


「……今度から控えめな魔法のみを使うと約束したら立っていいぞ」


「まあ、今度からは大きい方は屋外だけにしておきます。小さい方は屋内で」


 よろっと立ち上がり、痺れて太腿を小刻みに震えさせるモイモイ。


 部屋の扉が開けられてラハヤが入室した。何やら浅緑色の長い袋を抱えている。


「ラハヤさんどこ行ってたんだ?」


「頑張ったお兄さんにこれを用意してたんだよ」


 その袋には猟銃のスリングを通せるスリットが入っていた。銃袋である。


「これってまさかお手製?」


「うん。お兄さんがいつも頑張ってるから、私も何かしてあげたくてさ」


 机に置いてある猟銃を浅緑色の銃袋に収める。ぴったりだった。しかもラハヤお手製だ。


「うっ、グスっ……ううっ……!!」


「あ、シドーさんが泣いてます」


「え!? 気に入らない色だった?」


 嬉しさで涙があふれた。銃猟に理解ある妻や娘を持つ猟師の家庭は、妻や娘が銃袋を縫ってプレゼントしてくれることがあると聞いたことがある。まさかそんな経験ができるとは感無量だった。今までの苦労が報われる気持ちにさえなった。彼女の好意に、ただただ感謝した。


「あ、いや違うんだ。すごく嬉しくて、ありがとうラハヤさん。大事にするよ」


「そこまで喜ばれるのは、ちょっと気恥ずかしいかなって。……作って良かったとは思ったけどね」


 ラハヤが照れてはにかんだ。


「なら私も何か作ってあげましょう!」


「なんだよ。放火セットでも作ってくれんのか?」


「なんだかラハヤと比べて扱いが酷い気がします……。流石の私も腹が立ちますよ」


 頬を膨らませて抗議するモイモイを、小突いてやりたくなった。


 ラハヤには何かお返しをすべきだろう。この世界の女性は何を贈れば喜んでくれるのかを、検討しなければならない。


 俺はラハヤに感謝して街へ繰り出した。


 炊事車付きの馬車の値段を見るために職人街へ向かう。


 道中の狩猟組合の裏で、女性が助けを求める声が聞こえた。


 気になって見てみる。そこではゴシックドレス風な服を着た褐色肌の幼女が、三人の男たちに囲まれていた。銀髪ツインテールの幼女はダークエルフだ。男たちと揉めているようで暴行される寸前であった。


「あの、何やってるんです?」


「ああ? お前は関係ねえだろすっこんでろ!」


「いやぁそう言われても……」


 チンピラが性的暴行を加えようとしている場面にしか見えない。俺は男たちの間からダークエルフの幼女に向けて声を掛けた。


「あの、助けとか要りますか?」


 その幼女が顔を上げる。その顔に心当たりがあった。


「お主! 儂を助けてくれるのか!?」


 廃砦の主である。年老いたダークエルフの黒魔導士だ。見た目は可愛らしい褐色幼女だが、騙されてはいけない。中身はじじいの変態である。


「あー、すみません。どうぞお構いなく。俺はこれで……」


「待たんか!! か弱い美少女を置いて去る気か!! それでも男か!!」


 俺は前向きな転進をして、その場を去ろうとした。


黒焔雷(ブラックボルト)!!」


 黒魔導士がチンピラを焼き焦がす。彼らは生きてはいるだろうが、中身じじいの褐色幼女に欲情した彼らが不憫でしょうがなかった。挙句にやられるなんて。


「ちょいと待て!! 若者よ!!」


「……なんですか? 俺は忙しいんです」


「お主らに依頼があって来た。ちょっとした斥候をやって欲しい」


 まるで西部開拓時代の猟師に頼むようなことを言い始めた。


「冒険者に頼めばいいじゃないですか」


「冒険者組合に任せたらことが大きくなり過ぎるのじゃ!」


 ……のじゃロリじじいめ、尻拭いをさせる気じゃないだろうな?


「報酬はお主をこの世界に連れて来た神について教える。というのはどうじゃ?」


「……なんだって?」


「伊達に八〇〇年近く生きてはおらんよ。お主が異世界から来たのは、あの焦げた橙色の袋で検討はついたわ! 燃える黒い水の匂いと殆ど同じであったからな!」


「……少しだけ聞きます」


「やってもらいたいのは、廃砦の地下にある儂の研究室に書かれた魔法陣を消すことじゃ。あれがバレたら色々と命の危機なのでな。……全く黒魔導士にとって世知辛い世の中よのぉ」


 俺は一度宿屋に戻って、この話を持ち帰ることにした。


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