第二十話 開かずの鉄扉 後編
翌日の早朝。
ラハヤがやはり起きてこなかった。昨夜は傍目から見て飲み過ぎだったから当然だ。
俺は彼女を起こしにラハヤの部屋へ向かう。魔狼のクーがラハヤの部屋の前で寝ていたので起こした。恨めしそうに俺を見るクーは大欠伸を一つすると、ラハヤの部屋の前でクルクルと回る。
「また寝るんじゃないだろうな?」
クーに釘を刺したが、どうやら二度寝するためではないらしい。
「まあいいや。ラハヤさん起きてください」
ノックをするが返事がない。まだ寝ているようだ。
やむなく扉を開けると、床にラハヤの衣服が散乱していた。白い下着まで脱ぎ散らかしているのは、着替えようとして眠気に負けた名残だろう。とても目のやり場に困る。ここはモイモイに起こさせた方が良い気がしてきた。
……こりゃあ、ラハヤさん素っ裸だな。モイモイの奴を呼ぶか。
そう思って振り返ると、クーがラハヤに近づこうと一歩進む。クーが何かを踏んだ。
緑の魔法陣が空中に展開。ジェット気流の如き突風が、俺とクーを部屋から追い出そうと発生した。
ラハヤは魔法が使える。それを忘れていた。なんやかんやで魔獣と森で遭遇して生き延びていることも忘れていた。彼女は寝ている時でも対策だけは忘れていなかったのだ。たとえ普段は警戒心が薄そうに見える彼女でも、抑えておくべき個所はきっちり抑えているのである。
突風で顔をびろびろにして踏ん張るクーからは威厳ある魔狼の面影は消え去り、俺は廊下に吹き飛ばされた。
「……痛ってぇ!」
廊下の壁に頭を打ち、痛みに悶える。
「朝から何をやっているのですか?」
モイモイが不審な顔で俺を見た。
「ラハヤさんを起こそうとしたんだよ」
「寝込みを襲おうとして失敗したの間違いでは?」
「んな訳あるか! 一回り以上も歳が離れてるんだぞ!」
ラハヤの年齢を聞いたことはないが、ハイティーンぐらいだと俺は思っている。手を出したらロリコンのレッテルを貼られるばかりか、戻った時に青少年育成条例違反でしょっ引かれるのは間違いない。果てには社会的に死ぬのだ。なるべく綺麗な体のままで、俺は元の世界に戻ると決めている。下手な真似はできない。
「右手にラハヤの下着をまるで宝物のように掴んでるのに、その言い訳は通用しませんよ?」
俺は右手を見る。パンツに該当する物を握りしめていた。この世界の衣服の凝りようは暇人なエルフたちが発展させたらしい。だが今は、とっさの蘊蓄でも誤魔化しが効かない犯行現場である。冷や汗が止まらない。
「……いや、あれだよ? 違うんだよ。飛んで来ただけだから。盗ってないから」
「……まあいいです。それは没収します」
モイモイが性犯罪者を見るような目で俺の右手からラハヤの下着を持っていき、解呪の魔法で突風を止める。扉はばたんと閉められた。
朝からの散々な目に溜息が漏れる。
その後は男冒険者と女魔法使いと合流し、野盗が根城にしていた廃砦へ向かった。遠出ということもあって、急いでも片道三日であった。男冒険者が所有する馬車で移動できたのは幸運だったが、こうも時間が掛かるとジムニーが恋しくなってくる。
そして場所は廃砦に移り、時刻は昼頃。
俺たちは開かずの鉄扉前にいる。
前評通りに、分厚い両開きの大きな扉は固く閉ざされていた。押してもびくともしない。
「じゃあ、手筈通りに。ミュラッカさんは扉を魔法で冷やしてください」
俺がミュラッカと呼んだ青髪の女魔法使いは、水の入った樽を抱えていた。
水と上級魔法で一気に凍らすらしい。
「はい。では水を掛けますね」
鉄扉に水をぶっ掛けて詠唱を始めると、魔法を唱えた「氷柱瀑布」
彼女の杖から極低温の暴風が巻き起こり、目の前の鉄扉が見る見る凍っていく。部屋の温度も一気に寒くなった。冷凍庫並だ。吐く息も白くなっている。
おお、寒い寒い。
「後はジャックさんお願いします」
「おうよ」
大きなハンマーを持った男冒険者ジャックは、大きく振りかぶって凍った鉄扉を打った。
一回、二回、三回目で鉄扉がバキっと割れて崩壊する。これで宝が隠されているとされる道ができた訳だ。本当に宝が隠されていたらと注釈は付くが。
だが、俺にも廃墟を探索する喜びはあった。もしこれが危険ゼロの観光であれば、安心して喜んでいられるが、これは『藤岡弘、探検隊』真っ青な命の軽い冒険。特に俺が死ぬような目に遭うのだ。
……まあ、二人が酷い目に遭うよりかはマシか。
「これで銀貨一二枚なんてお前ら太っ腹だな!」
「後はここを守って頂ければ……」
「任せとけ! はっはっは!」
豪快に笑いながら俺の背中をジャックが叩く。
「……それじゃ、気を付けて行こう」
「どんなお宝かな?」
「これで借金が返済できます! さあ、続いてください!」
「いや、待て。俺が前に行く」
俺を先頭にラハヤ、モイモイ、クーと続く。
松明で照らされた石造りの廊下を歩いていくと、明かりが灯る部屋があった。
さらに、その部屋から誰かがいる気配がしたのだ。




